問題を提起する問題作


 どこが『パンク』なのだろう。作中にはパンクな人間なんていやしない。しかしよくよく考えると、とても大きなものが破壊されていることに気がつく。それは作品そのものである。
 この作品でのクローン技術は、非合法とはいえ、一職員でしかない柴田和志ですらクローン人間を作ることができてしまうレベルである。「クローン人間は居て当たり前」の世界。だから同じ人物が複数いることを容易にする。その結果『その人物がその人物である』という根拠が崩れ去っている。作中で登場している人物が人間であるか、クローン人間であるかによってたどり着く結末が全く異なってしまうのである。作品中で展開する物語をそのまま読み取ると確かにミステリとして読めるのだ。だが、細かいところに意図的に忍び込まされているちょっとした仕草や言葉がその人物の個性ではなく、クローン人間ならではの行動だとわかりだすと、進んでいく物語から読者が滑り落ちていくのだ。それはまさしくミステリーという構造を破壊しているとしか言えないのだ。

 なんと作者の白井智之自身こそが『パンク』だったのだ。彼はせんだい探偵小説お茶会の発起人である。ミステリに対する情熱は確かなものであろう。だから、もっと本格的なミステリを書くこともできたはずだ。それなのにあえてそうしなかったのである。

 汚染された動物の肉を食べられなくなる。海のそばにある施設がある。タブー視された技術の恩恵を受けている。それらはどうしても原発を連想せざるを得ない。舞台となっている仙台の状況が見えてくるようなのだ。宮城県産は福島第一原発に近いので放射性物質に汚染されていると騒ぐ人達がいる。宮城県の震災の瓦礫は放射性物質に汚染されていると騒ぐ人達がいる。宮城県人であることで抑圧を受けている状況とも言える。そのような状況の破壊をこの作品を通して行おうというものが込められているように思えてくるのである。

 まさに『パンク』である。白井智之著の「人間の顔は食べづらい」を読んで考察してみると、ふとそんなことを考えてしまう。

「人間の顔は食べづらい」
発売日: 2014年10月31日頃
著者/編集: 白井智之
出版社: KADOKAWA
サイズ: 単行本
ページ数: 297p
ISBNコード: 9784041021392