『デスティーノ』というマット上の物語


 3月12日、青森の地で革命への狼煙が上がった。

 後藤洋央紀は「New Japan Cup 2016」の優勝して、IWGPヘビー級王者へ挑戦する権利を狙っていた。IWGPヘビー級王者に何度も挑戦しながらも、未だにそのベルトを巻いたことのない後藤は、それを恥と受け入れて、決死の覚悟を示すためコスチュームを黒から白装束を表す白へと変えた。そして精神を鍛えるため滝に打たれもした。今までの不甲斐ない自分と決別し変わろうとしていたのだ。そんな後藤の前に1人の男が立ちはだかる。制御不能の男、内藤哲也である。2人は激しい技の応酬を繰り広げるが、内藤の所属するロス インゴベルナブレス デ ハポン(後はL.I.J.)のEVILとBUSHIの乱入を許し、最終的には内藤の必殺技であるディスティーノが決まって後藤はスリーカウントを奪われてしまうのだ。

 勝利した内藤はIWGPヘビー級王者のオカダ・カズチカへの挑戦を4月10日の両国国技館で行われる「INVATION ATTACK2016」ではなく、自分のタイミングで行うと宣言した。そして内藤はこのように続ける。

「おい後藤、何が変わったんだよ。変わったのはコスチュームだけじゃないかよ。こんなんだったらキャプテンクワナでもやってろよ(注、後藤は三重県桑名市出身)」

すると内藤は後藤を足蹴にするのだ。EVILとBUSHIもリングに上がり、後藤を足蹴にしはじめる。 するとそこに王者のオカダ・カズチカが現れ、内藤たちを蹴散らしていった。そしてオカダは後藤に自分たちの陣営であるCHAOSに参加することを改めて要請するのである。今までCHAOS入りを拒んできた後藤はとうとうオカダと熱い握手を交わし、CHAOS入りを決心するのである。 その後 オカダはマイクを取り、内藤に向かってこう言い放つ。

 「内藤さん、ビビんなよ。あっという間に終わらせてやるから。内藤さん、お疲れ様でした」

 それに内藤はこう切り返した。

「そんなに両国でオレにベルトを渡したいのか。チャンピオンのリクエストだからさ、両国でやってやるよ。4月の両国まで、トランキーロ、あっせんなよ」

こうしてCHAOSとL.I.J.との因縁が始まったのである。

 プロレスの面白さとは何だろう。そもそもプロレスとは何だろう。深夜にやっている新日本プロレスのダイジェストや過去のベストバウトをそれなりに見るようになってから特にそう思う。そんなにわかな私は4月10日の両国国技館で行われた「INVATION ATTCK2016」を実際に見ることができた。その時の体験を踏まえてプロレスとは何か、その魅力を含めて考えてみることにする。

 4月10日まで、新日本プロレスの多くの大会は『Road to INNOVATION ATTACK 2016』と銘打って行われ、CHAOSのオカダ、後藤、石井智宏、外道とL.I.J.の内藤、EVIL、BUSHIの因縁がどんどんと深められていくことになった。

「内藤さん、レェェェヴェルが違うんだよ。コノヤロー!」
「あっせんなよ、オカダ。トランキーロ!あっせんなよ」

 一進一退を続けていく両陣営は勝利後のマイクパフォーマンスですら相手を挑発していくのだ。

 プロレスとは純粋な格闘技であると言うことは難しいだろう。それは勝敗が全てではないからだ。ある試合の勝敗は次の試合への序章となる。試合と試合はプロレスラー達によって繰り広げられる確執と因縁で繋がっている。今回の3月12日から繰り広げられてきたCHAOSとL.I.J.の因縁も『INVATION ATTACK2016』のファイナルであるオカダ・カズチカvs内藤哲也の対戦時点で最高潮に達するように繋がっているのだ。

 4月10日の両国国技館には、この熱に浮かされている観客がCHAOSやL.I.J.、新日本プロレスのTシャツを着て集まっているのだ。第1試合、第2試合と徐々に熱戦が繰り広げられていき、会場はさらにヒートアップ。観客から発せられる言葉は意味をなさない「ワーワー!!」という声に変わっていくのである。そして会場の熱が最高潮に達したとき、ファイナルの対戦が始まる。

 会場が真っ暗になり、モニターに映像が映し出される。白いスーツを着た内藤が黒いスーツを着たEVILとBUSHIを引き連れて工場を歩いている。なんともヒールの格好良さが映えている。しかし、インタビューが始まるとその印象は一変する。そこで話す言葉は至極まっとうな、IWGPヘビー級王者のベルトに賭ける執念である。内藤は初めから制御不能の男ではなかった。反則など行わない、クリーンファイトを旨とするベビーフェイス(善玉)だったのである。以前は棚橋弘至を次ぐエースとも言われていた彼だったが、海外での修行によって才能が開花したオカダの登場で一変する。28歳の若さでオカダがIWGPヘビー級王者になると、次期エースの座は内藤からオカダのものとなったのだ。さらにオカダは「RAIN MAKER(金の雨を降らす男)」として大々的に売り出されることになり、その差は開いていく一方だったのだ。そんな中、メキシコのプロレス団体「CMLL」に遠征中だった内藤はロス インゴベルナブレスに参加する。ロス インゴベルナブレスとは「制御不能」という意味で、ベビーフェイスでもヒールでもない存在だ。内藤はそのような存在になることで、帰国後の新日本プロレスでもプレゼンスを発揮していく。2015年の11月にはEVILとBUSHIと共にL.I.J.を設立。その勢いに乗ってIWGPヘビー級王者に再び挑戦する事になる。

 次にオカダのインタビューが流れた。才能に溢れるオカダは内藤に対して驚異を感じていないと語っている。それは王者の貫禄と言えるだろう。だが、彼にも負けられない理由があるのだ。CHAOSの創設メンバーであり、新日本プロレスを牽引してきたスター選手の1人、中邑真輔がアメリカのプロレス団体WWEに挑戦するために1月に退団したのだ。オカダの双肩にはCHAOSと新日本プロレスの未来そのものが懸かっている。だれもが認めるIWGPヘビー級の絶対王者として実力を見せつけなければならないのである。

 白いスーツ姿で内藤は静かに会場に入ってきた。そしてリングに上がり周りを静かに見回す。そしてライトの下、ただ何もせずにじっと立っている。その静かな立ち姿にIWGPヘビー級王者戦に再び挑戦できることへの想いが伝わって来るようである。それを感じた観客により、会場は内藤コールで渦巻いている。多くの観客が内藤の勝利を望んでいるのだ。次にオカダが現れた。赤い派手なローブを着た堂々とした体躯からはIWGPヘビー級王者を3度も防衛した貫禄に溢れている。リングに上がるとコーナーポストに登り、観客に向けて手のひらを上にして腕を広げる。レインメーカーポーズである。オカダファンの声援があがる。そして会場にはオカダの顔が描かれた紙幣のレインメーカードルが大量に舞った。そしてオカダは対角線上のポストに登り同じ事を行う。会場には大量のレインメーカードルが舞っている。まさに金の雨を降らせたのである。オカダはリングの中央で内藤と向き合い、レインメーカーポーズを取って挑発するのである。

オカダカズチカ2

 公式パンフレットや映像でオカダと内藤の試合に賭ける想いを全面に押し出していくことで、観客は応援しているプロレスラーに意識を集中していくことになる。入場するだけでも彼らがどのような想いでリングの上に立っているのかを想像させるのだ。そして応援するプロレスラーと想いを1つにし、彼がIWGPヘビー級王者のベルトを求めるのである。それは読者が連載中のマンガの登場人物に想いを寄せて、その先を楽しみにしている感覚にとても近い。つまり、プロレスとは現在進行形の物語であり、ある観客はオカダ・カズチカの現在進行形の物語を、ある観客は内藤哲也の現在進行形の物語をリングの中に見出しているのである。

 そしてゴングが鳴り、物語が始まる。制御不能の内藤は独自の間合いを持ってオカダを翻弄していく。終始内藤のペースだ。オカダが内藤に技を仕掛けようとしてもL.I.J.のEVILとBUSHIが乱入して邪魔をしていく。そのような中で内藤の技がオカダに決まっていく。そしてオカダは徐々に内藤に追い詰められていく。内藤の勝利を望む観客はそれをベルトへの執念と受け取り、声援を送る。オカダの勝利を望む観客はそれをタイトル戦を侮蔑していると受け取り、ブーイングを送る。だがオカダはその様な状況をレスラーの実力で打ち破っていく。オカダのドロップキックを受けて内藤は派手にコーナーまで吹き飛ばされる。オカダの技がきまり、内藤の体は宙に舞う。そしてマットに叩きつけられるのだ。「内藤」、「オカダ」という観客の声援はこれまでにないほどの高まってきた。両国国技館は熱狂の渦に巻き込まれていく。内藤を徹底的に打ちのめしたオカダはレインメーカーポーズを取り、フィニッシュフォールドを行おうとする。すると髑髏の仮面をつけた男がリングに上がり、静かにオカダの背後にやってくる。そしてオカダを華麗な技で打ちのめすのだ。そして男は仮面を脱ぎ、その正体を表す。なんと全日本プロレスで活躍し、海外でも活躍してきた真田聖也である。そして不意打ちを食らったオカダの隙を突き、内藤は必殺技のデスティーノを決め、オカダからスリーカウントを奪った。技名の通りに「革命」が起きたのである。会場は汚い勝ち方で勝利した内藤へのブーイングと、それを上回る勝利への執念を見せた内藤への賛辞で溢れている。なんとすごい試合だったのだろう。オカダのプロレスラーとして圧倒的な能力、オカダに負けない真田聖也(L.I.J.の所属のSANADAとなる)の能力、内藤のどんなに技を食らっても立ち上がる意地とベルトに賭ける執念、その上での徹底した制御不能ぶり。格闘技の試合と考えれば茶番であると言えるだろう。だが勝敗以上に彼らのプレゼンスに熱狂させられたのだ。それでいいのである。

内藤哲也1

 私は内藤哲也の『デスティーノ』という物語を楽しんだ。そしてそれに続くCHAOSとL.I.J.との因縁という物語を、新日本プロレスという物語を今後も楽しんでいこうと思うのである。