Interview: イ・オッキョン「アジア系女性インプロヴァイザーの到達した未踏の地」


 

新作『Cheol-Kkot-Sae』と演奏上の美学

――それでは今年5月にTzadikから出た新作『Cheol-Kkot-Sae (Steel.Flower.Bird)』についてお伺いします。この作品には韓国伝統音楽の奏者2人も参加していますね。

OL このプロジェクトは、ドイツのSWR2(註:ドイツのラジオネットワーク)から委嘱されたものです。もちろん予算的な制限がありつつも、音楽と奏者に関するほとんどの自由が私に与えられました。今まで表面上はそれほどには見えなかったかもしれませんが、韓国の文化的遺産を取り上げることは長い間熟考していたことです。近年、私の曲やアルバムのタイトルは既存の言葉であれ、造語であれ、韓国のものを使用しています。それで今回全ての要素を持ち込み、とても個人的なものを創作する良いチャンスだと感じたのです。またドイツでの出来事でしたから、近しい関係を築いてきたヨーロッパの音楽家と製作することがより容易にできました。

 Jae-Hyo Changは、2010年にオーストリアのクレムスで一緒に演奏した韓国伝統打楽器奏者ですが、直接的に韓国伝統音楽の奏者と仕事をするのは初めてでした。彼は例外的な音楽でありながら、非常に寛大でオープンでしたね。Song-Hee Kwonは私のNYの友人がパンソリを習うために韓国に行った際に教えていました。彼女もまたとてもオープンで好奇心旺盛であり、私たちはすぐに良い関係となりましたね。

 電子楽器を演奏したLasse Marhaugは、もっとも重要なコラボレーターの1人であり、親友です。彼は私のソロアルバム『Ghil』をプロデュースし、私のソロ演奏に全く違った次元を付加しました。また、もう1つのソロ作品『Dahl-Tah-Ghi』は彼のレーベルPica Labelからリリースされたばかりです。もちろん、それだから彼に参加してもらったわけではありませんが、パレットの多様さによって、マッシヴでもありつつ、デリケートにもなりうる驚くべき電子音響を作ることができるのです。プロデューサーであるがゆえに、音楽製作を違う視点から眺めることができ、私はそれを必要とし評価もしています。

 John Butcherが創造的音楽のもっとも特別な音楽家の1人なのは明らかでしょう。彼のサウンドはとても個性的で、さらに重要なことには、即興しているときの彼のロジックは大変魅惑的でエキサイティングなものです。また私たちが一緒の演奏は、それは生き生きとして活気付いたものになります。この2つの理由により、彼に参加してもらいたいと思いました。

 John Edwardsはベースの巨匠マスターで、とてつもなく多芸であり、多様なセッティングにも合わせることができます。そして彼のサウンドもまた、個性的で音楽的です。他のベーシストは考えられないほどです。他の弦楽器奏者に対して、私は好みが激しいのですが、Johnはその中で最高の弦楽器奏者だと思います。

 Ches Smithもまた長年にわたって友人であり、とてもオープンな人です。私のドラム、打楽器演奏に対するとても限定された音楽言語にも関わらず、私の音楽的アイディアを理解してくれて、信頼できる人です。言うまでもなく、ドラマーとして大変な腕前の持ち主です。

 リハーサルの最中に、2つのセクションをどう繋げていいか途方にくれることがありました。10分近くにわたって私は床に座りこんでいたのですが、彼らがは忍耐強く見守ってくれました。私はイライラしながらも同時に、私が何かまともなことが思いつくまで多くの信頼を寄せてくれる、そんな私の「ドリームチーム」を集結できたことにすごく感謝しています。信頼こそがこのプロジェクトの最大の報酬でした。

――今作で、あなたは単に1人の即興演奏家としてではなく、ディレクターのような役割をしているように感じましたが……。

OL これは私の作曲による、私のプロジェクトです。作品を違うレベルへと到達させることが分かっていたので、素晴らしい音楽家たちを呼びました。最大限のインパクトを獲得するために、音楽的に意味があり、かつ皆が参加できることを念頭に置きながら、様々な要素の全てを強調した作品を作らなければなりませんでした。

――あなたの演奏に関してですが、テクスチャーが変化するとき、あるいは違った音楽的要素が現れるとき、いつも音楽的判断はとても早いと感じます。

OL そう、多くの異なるレイヤーが生じていて、それを注意深く聴き取り、その絶え間ない変化に反応し、音楽的に意味のあるように考えなくてはいけません。それゆえに即興演奏は多くの心理的エネルギーが必要です。だからこそこの音楽は、とても楽しく、エキサイティングで困難なのです。音楽言語は非伝統的と言えるかもしれませんが、私は自分自身をとても伝統的な音楽家だと思っています。音構造という点に関して拡張してはいながらも、伝統的であるという事実が、「実験」と「音楽」を繋ぐ架け橋になるのだと考えています。

――あなたの音にとってピックアップが重要であるように感じますが、それについて教えてくれますか。またサウンド機器などでエピソードがあれば聞かせてください。

OL ローリー・アンダーソン〔16〕とのツアー中、(彼女の使用していた)Schertlerのピックアップを紹介されました。そのサウンド・エンジニアの名前は残念ながら覚えてはいないのですが、ドイツ人だったことは確かです。このことを教えてくれて本当に感謝しています。なぜなら、それまでチェロをアンプリファイするのは悪夢だったので。

 会場とPAによって、適切なやり方でアンプリファイする方法を見つけなくてはなりません。アンプはその機構をそこまで知悉しているという程ではないのです。

 Cafe OtoでStephen O’Malley〔17〕とデュオをしたとき、その前のファーストセットでLasseはRhodir Daviesと私と演奏したのですが、私がStephenとの音と合うように、彼らの持っているアンプ数台を使わせてくれて、またアンプを調整してくれました。彼は経験が非常に豊富なので、何種類かのノブをいじるだけで、本当にうまくいった、なんてことがありました。

――近年のパフォーマンスで心がけていることはなんでしょう。何かしら具体的な美学的関心があれば教えてください。

OL 最近本当に興味深いと思うのはサイト・スペシフィックな演奏〔18〕です。従来の上演手法(註:パフォーマーと聴衆の関係性が固定化された演奏会形式)は疲弊していると感じ、もはや興味を惹かれることはありません。このことを気にかけた最初の人間というわけではありませんが、実験的な異なる場を創造するために、パフォーマーと観客の想像的、あるいは物質的な障壁を破壊したいと思っています。当然のことながら、いつも上手くいくというわけではありませんが、会場全体と聴衆を思慮に入れながら、その方法をいつも考えています。

 また、チェロをアナログな音を出す装置として、空間に楽器を配置し移動させるアイディアに興味があります。空間内のサウンドを視覚化させることも追求するのが楽しいアイディアで、違う観点からチェロの音を聴取をさせる機会を観衆に与えます。それに加え、10年以上前から、前もって録音された素材を使用してソロ作品を作曲しています。ただ興味のある方向に向かっていくのみですね。

――アーティストとしてあなたに成功をもたらしたものは何だったと言えるでしょうか。あなたは特に異なるバックグラウンドを持っていて、多様な文化的、音楽的レイヤーに対処していく必要があったと思いますが――。

OL それは人によって違うのですから、何がアーティストとしての成功を意味するのか、よくわかりません。私は、適切な時間と適切な場所に身を置くことができましたし、それ以上にオープンなたくさんの素晴らしい人に会え、インスパイアされたことは非常に幸運だったと言えるでしょう。そしてそれが滞留しないことを望みます。私は自分自身を深刻に捉えたくはないのですが、音楽に対しては確かに非常に真剣です。そして歳を重ね人生経験を得て異なる視点を得たことは、私にとってとても重要です。単純な繰り返しに止まらず挑戦をしたいと思っている限り、それは成功と言えるのではないのでしょうか。しかしながら、それはあくまでもプロセスにあり、生きる経験自体にあるのではと思います。

――来日の予定などがあれば教えてください。

OL しばらく日本には行けていないのですが、機会はすぐにでもあると思います。また心から伺いたいと思います。

 


〔1〕Dave Douglas (1963-)トランペット奏者。ダウンタウンジャズシーンの重要人物。

〔2〕Tonic 1998年から2007年まで、Lower East Sideにあったクラブで、”avant garde, creative and experimental music “をサポートする方針のもと、NYを代表する多くのアーティストが出演した。小さな本屋また地下にはクラブも併設されていた。

〔3〕Ikue Mori (1953-) 作曲家、打楽器奏者、エレクトロニクス奏者。NYノー・ウェーブの代表的バンドDNAのドラマーとして活躍、ドラムマシン、ラップトップも演奏する。

〔4〕Christian Marclay (1955-)音楽家、現代美術家、ターンテーブル奏者。

〔5〕Butch Morris (1947-2013) コルネット奏者、作曲家、指揮者。Conductionという手法で、指揮と即興演奏の新しい関係性を築いた。

〔6〕Vijay Iyer (1971-) ジャズピアニスト、作曲家。インド系アメリカ人。複雑なリズムの探求で有名。カリフォルニア大学バークレー校音楽の認知科学の博士課程を修了、ハーバード大学の教授としても教壇に立つ。

〔7〕Michael Gira (1954-) シンガーソングライター、多楽器奏者。Swansのフロントマン。Swansの『The Glowing man』に収録されているCloud of Unknowing”ではオッキョンがゲスト参加。

〔8〕Mark Fell (1966-) イギリスの電子音楽家、サウンドアーティスト。 SNDのメンバー。

〔9〕Bill Orcutt (1962-) ギタリスト、作曲家。ノイズバンドHarry Pussyで活躍。ノーヴェーヴ/パンクの文脈からブルーズ解釈をする。

〔10〕Marina Rosenfeld (1968-) 作曲家、サウンドアーティスト、ターンテーブル奏者、映像作家。

〔11〕Douglas Gordon (1966-) ヴィデオ、写真、サウンドなど様々なメディアを使用し人々の固定観念を揺さぶる。1996年ターナー賞受賞。

〔12〕牧野貴 (1978-) 映像作家、音楽家。クエイ兄弟に映画表現を学び、ジム・オルークとのコラボレーションや現代美術家石田尚志らとのコラボレーションが有名。ロッテルダム映画祭では最高賞を受賞。

〔13〕ホン・サンス(1960-) 映画監督、脚本家。1996年に監督デビュー作である『豚が井戸に落ちた日』で青龍映画賞の新人監督賞を受賞。2010年には『ハハハ』が第63回カンヌ国際映画祭で、「ある視点」部門最高賞を受賞した。

〔14〕ナム・ジュン・パイク(1932-2006)フルクサスのメンバーであり、ジョージ・マチューナスやジョン・ケージとの親交で知られる。ヴィテオ・アーティストとして第一人者的な存在。

〔15〕Kim Kwang Seok (1966-1996)通算1000公演を記録するなど、386世代を代表する韓国アンダーグラウンドミュージック界の旗手であったが、絶頂期の1996年に31歳で自宅にて首吊り自殺した。

〔16〕Laurie Anderson (1947-) アーティスト、作曲家、パフォーマー、ヴァイオリン奏者、映画監督。故ルー・リードの妻としても知られる。

〔17〕Stephen O’Malley(1974-)音楽家、ギタリスト、デザイナー。ドローン・メタル・デュオSunn O))), KTL他のメンバー。ここ10数年は実験、即興音楽シーンの変わりも深く、アルヴィン・ルシエ、Maja(ノルウェーのヴォイスパフォーマー)やルーマニア現代音楽家のIancu Dumitrescuなどとも共演。彼が2011年に立ち上げたレーベルIdeologic Organからオッキョンのソロ作品『Ghil』(2013)もリリースしている。

〔18〕 サイト・スペシィフィック 特定の場所の特性を活かすために作品、及び芸術的行為が営まれること。このインタビューの翌日、彼女はボストンの貯水池近くのWaterworks Museum(水道博物館)でソロ演奏を行った。通常演奏が目的とされていない音響的に特殊な場所において、またチェロを持ちながら臨機応変に即興演奏し、会場内を半周するパフォーマンスを筆者は目撃した。


 

 

イ・オッキョン(Okkyung Lee)プロフィール

韓国出身のチェロ奏者、作曲家。韓国で音楽を学んだ後アメリカに渡り、現在、ニューヨークを拠点としつつ世界中で演奏活動を繰り広げている。チェロを用いて演奏、即興、作曲を行い、独自の奏法と音を追求する。ジャズや韓国の伝統的な音楽、ノイズなど多様なジャンルの音と音楽を取り入れ、そこから新しい音楽を作り出す。他のミュージシャンとの共演、共作も多く、またヴィジュアル・アーティストとの共同制作も行う


ヱクリヲ vol.7 
特集Ⅰ「音楽批評のオルタナティヴ」
●interview:佐々木敦  「音楽批評のジレンマ」」
●音楽批評の現在(リアル)を捉える――「音楽」批評家チャート 2000-2017
●音楽批評のアルシーヴ――オルタナティヴな音楽批評の書評20
●来るべき音楽批評を思考するためのライブラリー ほか多数の論考を掲載
特集Ⅱ「僕たちのジャンプ」

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