空白の焦り、それか気楽な無党派層たち——「即興的最前線」に寄せて


ソロとデュオ

 東葛西「EFAG」は東西線葛西駅から相当の徒歩(またはバスの使用)を要求される場所にあり、住宅街のど真ん中にちんまりと居座っていて、会場の目の前はマンションと公園に囲まれている。ライヴハウスではなく普通のアートスペースであったゆえに防音やらに重めの不安をいだく。アートスペースにアンプやら楽器やらスピーカーやら正体不明の楽器やらが点在していることをのぞけば、もしくはそれ込みでなにも芸術がセットアップされていないように思った。だがしばらくするとみんながみんな迷惑をかけないために静かになっていった。生活のスイッチをオフにして、芸術のスイッチをオンにする。そしてあの芸術的空間がやってくる。みんなひとしく芸術を享受するために。まもなく開演の時間だ。

 

野川菜つみ(撮影:齊藤聡)

 

 1人目の演奏はゆっくりと始まった。打楽器を専門とする野川菜つみがこの貸し切りアートスペースの空間的な中心に立ち、左手にはラップトップと集音マイクのついたスピーカー。右手には彼女より背の高いマイクがそびえ、目の前の机にはさまざまなすり鉢、というか空の植木鉢がぎちぎちと並べられていた。最初は触覚からだった。素手の野川が、植木鉢の周縁、または内部をざらざらと摩擦させていく。たしかに(みなが)だまって耳を澄ましてなければ聞こえないくらいの音量で。植木鉢は様々に材質と大きさの異なったものがいくつかに用意され、それを摩る音は当然物理的な要請で変わってくる。それはこの東京23区の住宅街の片隅に構えるアートスペースとうれしく偶然し、観客の(意識されない)眼前にそびえたつマンションのベランダのおだやかな嗜みを想起させた。摩擦は様々な面で緊張と隣り合う。その緊張は生活面の緊張をわれわれに延長させることを余儀なくさせ、オフになっているはずの生活に干渉する。

 やがて来訪者のように鈴が鳴らされた。われわれではなく、野川がドアノブをずっと握っている。そしていくらかの鈴や砂を植木鉢のなかで転がす。ちんちろ、ちんちろりんと響くそれは、しかして完全な日常における賭博のようだった。ひとびとは日々食べるものから何から、ほとんどのものを周到された偶然に頼らざるを得ない。何かを変えることも変えないこともすべてわれわれが行う偶然という名の博打なのか。今ある、ベランダと来訪者とちんちろ賭博。そしてくべられる水流の音や非破壊検査のように植木鉢をバチでやさしく叩く音が足される。それらすべて少しずつ生活空間の外側にあるものだ。ではその空間を占めているのは誰か。われわれか。野川か。それとも周辺住民か。解釈の主体も流動的になって、まるで敬虔的な意味のように自由は生活の現前によってその意志を余儀なくされる。

 どちらとも取れる。ひとびとの生活にとっての雑音をことさらに強調し、それを誇張する発見のしらせ。またはひとびとから自然に生まれるノイズによって極度に解釈し、生活というものを拡張したという研究のあかし。このふたつの並行した対立はわたしを会場に向かう途中の電車のなかにまで引き戻した。われわれは経験の時空をどうにか記憶として収めるために、忘却するために折りたたんで歪めている。それを再起動する野川の誇張と拡張によって、われわれは生活のどこに立っていることになったのか。最前衛たる周縁部か。激戦地たる中心地か。

 いいや、どこがどう主張されようとも、われわれは「今これ以上生活できない」。だから拡張も誇張も、すべてが仮の真空に向かって行われている。生活と芸術が混ざり合い、生活時空の一部がどこかに明け渡されたとき、その空白はなにが埋めるというのだろうか。われわれは今ある以上に生活することはできない。ならばそこははじめから生活ではなかった。意識されたのは生活の空白のこと。そしてわれわれが立っている位置がそこではないという確証は誰も持たない。その福音をもたらした野川も。この緊張がある意味で心地よいのはわれわれが当事者であるからか、それとも無責任な無党派であるからか。ひとびとを自由に追いやったあと、ぶよぶよとした触媒は緊張を仲介する。どこからかどこかへ移りたい。能動的でも中動的でもいいから、空白の不安から意味へと自らの主体性を委ねたい。25分がたったあと、野川のマイクはフルートの音を拾ってフィードバックへ映した。わたしの隣の低すぎる椅子にはいつの間にか池田若菜が(恐らく)アルト・フルートを構えて悠然としていた。

 

池田若菜(撮影:齊藤聡)

 

 それは本当に突然だった。わたしは聞きながらスマホにメモを取っていたからそれでも演奏から目を離す機会がかなりあったのだが、わたしの隣に当たり前と座られてしまったら気づく道理もなかった。だから驚きもしなかった。フルートと生活の打楽器は豊かに対話したりそれぞれが孤独の不安を主張し合ったり、即興された単音同士が見かけの上では呼応していた。

 デュオは5分続いて池田の単独演奏となる。このかたちはその後ずっと続くことになる。字義の上ではシームレスだ。なんの唐突さもなく始まるハーモニーライクな音どうし。だがその連綿、つなぎ目と縫い目だらけ、演奏者どうしが互いを自意識に取り入れようとするシームフルなところがそのナチュラルさを生んでいたはずだ。ここの細田の企みは控えめに言って成功していた。

 池田ははじめ執拗に、正確に単音を鳴らす。アイディアの余地を残してあるのなら、われわれはそれを退屈と呼んでもいいくらいに。だがだんだんとそれを「ふかし」はじめる。先程のがよく捏造された楽器であったのなら、今度はまちがって正統な楽器である。17世紀のオランダ絵画のように、または住宅街のすみから聞こえてくるように、楽器の練習がそこで行われているようだ。そのふかしはやがて極大し、吐息のほうが多い呼吸、間違った呼吸を戯画にするフルート演奏となる。まるで記憶の吐息、忘却を長い演奏のなかで促すかのように。そうすると対話も会話も演奏者と観衆の間で慎重な契約として破棄され、われわれは解釈のしづらさを与えられる。演奏者に服従できないというのはなかなかに疲労するもので、池田の演奏はつねにいわゆる即興らしく解釈のとおりであった。だからこそ意図的な空白は常に焦燥していた。そうしたなかで時里充が機械を正確に回転させはじめた。最初に野川が演奏を始めた場所の正反対、舞台裏とも呼べるような場所で。

 

時里充(撮影:齊藤聡)

 

 時里の機械はアルミでできた芯を回転させている。このときはじめてわれわれのなかに時間が直喩的に意識される。独奏になるくらいのときにはアルミはもうじゅうぶんに歪みきり、機能しなくなり、捨てられる。そこまではずいぶん暴れきっていたものだが、あまりに正確に回転するゆえになんども据えられた机に打ち付けられて制御不能に歪みきってしまっていた。アルミの次に、時里はその回転機に色とりどりのテープを巻きつける。ひとひとつ、順番にテープが飲み込まれていき、その音はタイプライターか小型の機関銃を想起させる。または薪の爆ぜる音。冬の燃焼。つまりは焚き火の前でいきいきと祈る人々。そして消耗する機械とテープ。逆転していない。最初からずっとそのとおりに回転してきたから。

 テープがいくつも巻き上がった結果、図画工作のなにかのようなものがぽろりと機械からこぼれ落ちる。時里は後にこれをアクシデントだと断言していたが、われわれは知る由もない。だから時里の原色の多い服装も相まってかわたしはそれに少年性の表れをみた。または大人だからこその約束破り、か。(アクシデントだったがゆえに)その図工作品は乱雑に放棄され、また新作づくりが始まった。ところで遠くから誰か4人目の演奏が聞こえてくる。時里のそれは演奏というよりパフォーマンスだった。好きな音だったが、自らの連続性のみに依拠していた。われわれがどうこうできるものではない。