空白の焦り、それか気楽な無党派層たち——「即興的最前線」に寄せて


集団即興演奏

 ほとんど余韻を挟むことなく、この6人の集団即興演奏が1時間にわたってカーニバルのように行われた。わたしはここは単純な聴衆の一人として楽しむつもりでいた。それに聴取するわたしの主体性がより増大するであろうこの集団即興を評するのなら、正確な記録より傲慢な忘却の方が適当だとも感じ取っていた。その場の感情はその場で豪奢に捨て去った。だからこれから述べる集団即興のレポートは非常に分析的で、先の「ソロとデュオ」における感傷的批評とはまるで異なる。それはあらかじめ言っておこう。

 

集団即興演奏の様子

 

 前述のソロとデュオはそれぞれ特筆せざるを得なかった。それは演奏者単独と沈黙する聴衆達の双方向な直線的関係に、双方に直線を伸ばす第二の演奏者が加わり、三角形となることによって空間が形成されるからでもあるだろう。それはもちろん性格をがらりと変えるのだから、その場のわたしも感情を動かされざるを得なかった。それが6人に増えるのである。それは演奏者と聴衆両方のキャパシティを大幅に乱す。

 集団即興が始まったとき、わたしは先程の音楽的完成を見たからかもしれないが、楽しむと同時に寂しさを感じていた。なぜならその演奏がわれわれの方をまったく見向きしなかったように思えたからである。われわれの方を向く前に、演奏家たちはほかの5人とまずは向き合う必要があったのだろう。だとしたらそれに聴衆を取り入れるというのはそもそも物理的に難しい。そしてわれわれ聴衆は独善的だったから、残酷だった。演奏者は自分のキャパシティを破られたとしても、さまざまな即興的対応によってそれをやり通すことができる。いくらそれが一個人の能力では届きそうなところでなくとも。だが聴衆の揺らがされたキャパシティは、ただそれを取り落とすに任せることを第一にする。つまりは聞きたいものだけを聞いて、それ以外を精密にシャットダウンしてしまう。だいたい自分のできないことは無視するほか、無力な聴衆にはできることがない。

 ほかの5人と向き合うにはまず自分を取り戻す必要がある。それは「間イディオム的即興」の原点でもあるだろう。よってその演奏を対話として始めたものは理論的には誰もいなかった。ならば当然、自分を見据えるため以外の呼応はない。野川は各演奏者の音を意図的にマイクで拾い、それをスピーカーで流していたが、それは結局野川の演奏行為である。ほかの5人と同じく自意識を過剰に膨れ上がらせ、外を聞くときに溢れさせるための。自己を取り戻す演奏はたしかに彼らそれぞれのキャパシティのなかの可動性/可塑性を代表していて、加藤が2階から1階の演奏者たちを覗いたとき、はじめそこに視線をやったのは観客だけであった。演奏者たちが今イディオムとイディオムの間を行き来するときにどうにかできるのは際限ない自意識の増大だけ。要するに無関係な6つの演奏だった。

 それはまずいとわかっているのだから、演奏者たちは自分の余剰を捨てながら、ほかの演奏者と聴衆を取り戻さなければならなかった。自意識の増大は彼らにとってすでに手に負えないほど過剰になっていた。そしてそこには制御不能な空白があった。空白は先に述べたように、誇張/拡張された生活にできた仮の空間である。自らの余剰を取り去ることは、この空白=生活空間の意識的な拡大を意味する。だが空白を自らが芸術として意味付けしないことに、演奏家を含む表現者は耐えがたいものである。こうして芸術と生活の境界が互いを侵犯しあっていく。しかしだからこそ一個人のキャパシティを超えた焦燥は、結局演奏者としてではなく単純な人格としての他者の要求——つまり社会生活の一般をひらくことにもなる。たとえば加藤の耐え難い視線がそうだ。加藤は受け入れられたり受け入れられなかったりを勝手に感じて、さびしげな表情とともに自分に集中したり、また自分を誇示しようとしたりする。これはコミュニケーションとは呼びがたい。単に自分のうちなる空白の再解釈の繰り返しである。だがそれが他者を受け入れる空白を用意する。ほかの演奏者と聴衆を取り戻すための準備となっていく。

 さて聴衆はどうだろう。何かの意思表示を誰かの邪魔をすることなく行いたいが、たとえば山田の演奏を聞きに部屋へかきわけ侵入するというのならほかの5人を少しずつ拒絶するということになる。その態度はなによりほかの聴衆を不快がらせるかもしれないし、いまや音楽的性格が強まった演奏に不必要なノイズを入れるということになる。それはいやだ、「芸術の聴衆」たるためには。その一人となってしまったからにはほかの聴衆とも意思を共有しなければ自由であることはままならない。結果としてわれわれは元いた場所にずっと坐していることになる。それか中心を5メートルくらいの間隔で往復するか。もちろん数人、見て回るものたちはいたが。だが見て回ろうと座していようと、人によって聞く音は大いに異なっていただろう。むしろ聞く場所によって音が異なるということこそこの企画の核であるはずだ。しかし他方でそれは、演奏者へのプレッシャーとしての沈黙のみを意思として前提された疑似コミュニケーションの成果でもある。いや、疑似ではない。その意思を選んだのはわれわれなのだから。それが6人から取り戻したわれわれの聴衆としての姿なのだから。

 さあここで集団即興の実際が現出してくる。つまり集団即興に綺麗事のような対話など存在しないということだ。少なくとも意識的に行われるものは。

 かなりの演奏者は観客を計算に入れなかったり、周囲の環境そのものを意図的に無視したりしつつ演奏していた。時里などは特に後者で、山田がアンサンブルをしようと接近するのを無視して機械を回し続け、その後に行われた質疑応答でも周りは完全にシャットアウトすると答えていた。それもそうだろう。演奏の性格的に、時里は自分の目的に向かって機械を回し続けるほかない。山田もそれを受け取って自分の部屋——持ち分にそそくさと帰っていく。それは音源を録音したり作品をどこか展覧会に出したりするようなもので、演奏者の存在すらあまり必要としないことがある。そしてその例はきわめてふつうの「芸術的態度」だ。沈黙するわれわれだってクラシックの聴衆のようなもので、それもまた通常の「芸術的態度」だ。生活から意識的に異化されることは演奏者と聴衆双方に可能である。だからこそこの葛西にいると言ってもいい。もしかしたら自分が生活するなかで意識的に異化の冷凍庫に収めてしまっているものが例の言語的比喩——「イディオム」なのかもしれない。

 こうした出来事は企画者である細田の計算通りのことだっただろう。これらの実際と机上の空論というより夢想を破棄したところに彼の思惑があるはずだ。ここで「間イディオム的即興」は意思の焦りとなって存分に機能した。よくある即興演奏の現場で行われることは拒否された。そしてその拒否を、たとえば山田——彼はのちに「今日はこの場に「フリー・インプロヴィゼーション」をしに来た」という宣言をしている——や加藤はうまく理解して消化した。共演者も聴衆も自分を無視する。どうすることもできない。ならばその違和感のはざま、生活と生活の衝突にできた仮想的なクレーターに自らの演奏を投げ込もう。それがどう聴取されるかはともかく、これは演奏者の意識の問題である。動かない聴衆の立ち位置による音響的束縛をも見えうる空間として受け取って、また聴衆自身も自らの立ち位置を制約によって意識する。だからこそ今までの理論的即興が感傷的に無視してきた(または存在し得ないと拘束してきた)周囲をどこまでも無視して自分の世界だけで意外さを終始させる演奏者の実際も活きてきた。

 なぜならここまで批判的な言葉を並べ立てたとしても、その限られた聴取体験は、聴衆(わたし)にとって楽しいものであったからである。いや、別に企まれて不快な思いは実際しない。ただ、なんというか、そう、わたしの据え方が不自由なことに、気づきもしていなかったのだ。