空白の焦り、それか気楽な無党派層たち——「即興的最前線」に寄せて


自由について

 わたしは自由なことに気づいた。自分が曖昧になるくらいに。

 演奏終了後に企画者と出演者、加えて展覧会「A HOROI」の主催者である藤本一郎を交えて行われたトークセッションによると、この企画は、大友良英、そしてその意志を継いだdj sniffとユエン・チーワイらが行っているAMF(アジアン・ミーティング・フェスティバル)を繰り返し取材してきた細田が、最大限の敬意を持って形式や方法論をオマージュしたものであるという。

トークセッションの様子

 

 そしてそれはAMFへのもっとも致命的な批評となる。AMFの成果のひとつには、われわれが望む「アジア的」なるものを生み出さないということがあった。だがそれはきっと「伝統楽器」を通して望まれ続けてしまう。アジアの即興はアンチ西洋の尖兵たるものとして区別されうると。しかしアジアどころか、日本・東京の最前線で活動する若手というかなり文化的背景の限られたものたちの意図的な文化的/芸術的交流であっても、「〇〇的」なるものは何も生まれはしなかったのである。これはたとえばよく即興が行われる経済的先進国の現場であるニューヨークや東京とAMFでの演奏を聞き比べて区別させようとするブラインドテストがナンセンスだとかそういう問題ではない。

 「間イディオム的即興」が生んだのは、端的に言って新鮮な即興演奏現場の実際である。それはわりかし芸術家の意思そのものを消耗させる、新たな武装体制の確立だ。だがこの自由をもってあらためて生活せよと細田がわれわれに訓告するのだとしたら、その自由はかなり楽観的なものかもしれない。少なくとも実存主義的な不安を携えたものではない。そしてその目的は、自身をも含め、何をしているか何がしたいのかを明確にするという極めて厳密なものである。それは最初に書いたとおり、彼が汚れたバイアスを使用するからこそ必要だと考えた約束事なのだろう。この点でトークセッションにおいて「A HOROI」の藤本が集団即興のアナロジーとして指摘したジョン・ロールズの思考実験、つまり社会の構成員が個別の利害関係を棚上げし「無知のヴェール」に覆われた状態で「正義」について平等に合議することによって、社会全体の「正義の原理」が見出されるとするモデルとは区別される。ロールズの思考実験の参与者は、神秘的なまでに無垢な、いわば具体的な自己を脱落した者たちである。だから「間イディオム的即興」で生まれるものは正義や公正などではけしてない。個々の能力に応じた自由だ。

 しかしそれは集団即興でよくあらわれてしまっているが、われわれの自由のありかたがよく企まれていて、その行使のしかたを無意識下に限定するような自由へと短絡する。その場でするべきことが設計されているのならば、われわれは建築物で順路に従うのと何も変わらない意思を通っていくことになる。それはカントやスピノザ以前の自由——キリスト者の自由意志論と、奉仕すべき前提という点で貫通している。

 自由は変遷してきた。そして即興演奏で目指され続けた「自由」も変遷していく。60年代に自由即興を開拓したデレク・ベイリーにジャズの昔ながらの自由な文化があったかどうかは様々に議論の余地があろうが、そこにマルクスの自由があったことならば明白だ。だが冷戦が終わってから物心のついたひとびとにとって、マルクスの自由は前提として存在しているわけではない。それぞれの個人がどういう思想の変遷をたどったのかは知ったことではないが、少なくともマルクスに関しては今この時代から要請されたものではない。90年代にイデオロギーの崩壊はどこまでも祝福された。ならば現代を生きる「若手」たち自身の自由に、強烈な依存を伴う自由つまり党派的自由ではなく、まずは見かけ上なんの前提も必要としない自由の意識が潜んでいることは自然なことである。その無党派的自由は「間イディオム的即興」の議論で措定した厳密な自由とすこしずつずれていくし、原理的に矛盾するだろう。こう並べていくと、先に述べた「(プセド-)自由」がようやく意味付いてくる。奉仕と絶対性を装備した自由は、われわれに強制される余地を十分に与える。つまりは無党派層であることを許さない、意味付けと意思に焦がれた人間の自由だ。これが丸括弧を外して「まやかし」や「ニセ」と言い切れないのは、その自由が将来即興演奏のスタンダードになることも十分にありうるからである。だからその時代的変遷に準備ができていない細田の議論は、その文章のなかで非常に正しく響いて終わってしまう。

 しかしわたしはこのイベントを通して結果的に自由だった。その厳密さを受け入れつつ、自分が意思をどう発信しているのかわからないくらい曖昧になれた。それはわたしが意思の怪物的主体であるか、文脈の単なるいち産物であるかとかではない。そこからも逃れた気軽な無党派層である。ここで何度も述べられている空白とは繰り返しになるが、誇張/拡張された生活に生じた仮の空間である。そしてわたしはその空白にそのままあることができた。芸術的社会による絶え間ない意味付けの要請にかかわらずである。それは先に述べたとおり、細田の議論に時間的な変遷も空間的な猶予も考慮されていないから、つまり時空を欠いていたからである。この欠如はいささかアドホックにわたしを解決した。すこしでも彼が有機的空間のあり方——ようは外部の可塑性を規定するほどに考えていたら、わたしには解決されない憤怒しか残っていなかったかもしれない。

 なぜ自由だったのか。それはわたしが常に生活の時空に対して自覚的だったからである。いや、意識していたかどうかは関係ない。その場にいた全員が、これまでの/これからの生活の時空に縛られていた。それは始まりと終わりを規定しない時空(だからつねに不安と隣り合わせだ)であり、いかなる行為も生活のなかに収めてしまう恐るべき規則だ。だがこのイベント——そして「間イディオム的即興」という概念によって、生活の場にはあらたな自由が生まれた。われわれはこれ以上生活できないから生活が誇張/拡張されてもそれが伸張した空白には実態や体積がない。そもそもイディオムとイディオムの間の空間は不可視であるはずで、われわれ参加者はすべての場面において拡張/誇張された生活を見つめさせられたし、自らの音楽体験の語法としての「イディオム」を外さなければ、まず自分の場所的制約というものを音の聴取の前提にできなかった。だからこれを受け取ったとき、わたしはどこかに属することをやめることができた。わたしのうちに茫漠とした静かな外部がひらかれ、そこでわたし自身が外部たることによって、享受するものでも参与するものでもない「聴衆」として、あいまいな存在たるわたしは生活の時空から排除されたフロンティアを発見した。まるでいい詩を書くひとのように。疎外された精神に手を伸ばすかのように。

 演奏者には第二の時空があった。もちろん彼らはキュレーションや時間によって縛られていたのであるが、それ以前に演奏を始める/終える場としての時空を持っていた。それは最初にわたしが書いたように、生活空間をまず断絶して、まっさらの空間に意味付けを始めるということであった。意識の問題だけでなく、たしかに普通の場所からはまったく隔離されている。ライヴハウスに限らず、いわゆる音楽は街じゅうから聞こえてくるものの、即興演奏がたまたま聞こえ始めるということはなかなかない。彼らが意味付けを行っているから、それが始まって終わる。そしてそれに縛られる。けれども生活時空はそれを生活行為として含有してしまう。演奏時空はこれに対抗するものではなく、そのなかで部分たりながら拡大してこれを暴いていく。

 このとき彼らにどんな自由が感じられたかはわたしにはわからない。どういう批評的視点からしてもわからないとしか言いようがない。しかし聴衆が生活の外部にとりあえず設置されたせいぜいの自由に比べれば、振幅の大きい自由があったとは言える。どちらがより自由だったかはわからない。

 「間イディオム的即興」は耐えられない空白がある種の権力として睨みを利かせる事によって成立する。もしくは無党派層たちが気楽にその無気力を享受することである。結論としてなにかをこのイベントを通して得たものはたくさんいるだろうし、たくさんあるだろう。それは確たるものだ。自由がいささかふらふらしているにもかかわらず。でもわたしが届かないもの——透明な過去の駅に置いてきてしまったものを扱うには、わたしは何を聞いて、何を脱落させて、何をしよう。自意識の時空の原点にあるものは、きっとわたしがこの稿でずっと「空白」と呼んできたものであることを得心しつつ、誰も彼もが連続しない時空のなかで眠れるように祈って終わる。

 

山崎有理(歌人/詩人/批評家)

 

ヱクリヲ vol.7 
特集Ⅰ「音楽批評のオルタナティヴ」
特集Ⅱ「僕たちのジャンプ」