清水穣インタビュー メディウム・スペシフィシティの新しい幽霊 :『ヱクリヲvol. 9』「写真のメタモルフォーゼ」


〈註〉
1 トーマス・ルフ 一九五八年生まれ、ドイツの写真家。「写真というメディア」に対する問
題意識や批評性を強く持った作家で、代表作「Porträts」シリーズは、肖像写真を巨大なサイズに引き伸ばすことで、ただの肖像写真がまるで肖像画のように人を惹きつける力を持つことを示している。
2 木村友紀 一九七一年、京都生まれ。《KATSURA》など、インスタレーションとして時空間をテーマにした写真作品を発表している。
3 マーガレット・キャメロン 一八一五年生まれ、イギリスの写真家。当時の有名人の肖像写真で有名な写真家だが、その一方で記録メディアとしての「写真」から、絵画や彫刻と同じく表現としての「写真」への地位向上に尽力した。
4 アルフレッド・スティーグリッツ 一八六四年生まれ、アメリカ合衆国の写真家。ニューヨーク在住の芸術志向のある写真家たちを集めてグループ「フォト・セセッション」を結成するなど、「近代写真の父」と呼ばれる。当時のヨーロッパの芸術の潮流にも通暁していた。
5 ヘンリー・ピーチ・ロビンソン 一八三〇年生まれ、イギリスの写真家。複数のネガを一枚の印画紙に焼き付ける合成印画法(Combination Printing)を先駆的に行う。著書に『写真における絵画的効果』がある。
6 ピクトリアリズム 絵画主義。写真はその創生期に先行する表現様式である絵画を模倣した。それらの写真は合成などを用いながら、神話や歴史についての主題を絵画的な構図によって表現した。
7 フランシス゠マリー・マルティネス・ピカビア 一八七九年生まれ、フランスの画家、詩人、美術家。後期印象派の風景画、キュビズム、ダダイズム、シュルレアリスムと時代ごとに様々な技法の作品を制作した。
8 ストレート写真 写真のドキュメント性を重視したもの。「写真」ならではの表現をしているものを指すことが多く、一般的に加工性や作為性のないものをそう呼ぶ。
9 写真新世紀 写真表現の新たな可能性に挑戦する新人写真家の発掘・育成・支援を目的としたキヤノンの文化支援プロジェクトで、清水氏も二〇一〇年から審査員として参加。グランプリ受賞者に野口里佳、HIROMIXなど。優勝賞以下には蜷川実花、澤田知子、オノデラユキ、横田大輔、加納俊輔など。
10 レフ・マノヴィッチ『ニューメディアの言語――デジタル時代のアート、デザイン、映画』、堀潤之訳、みすず書房、二〇一三年。マノヴィッチはデジタル・コンピュータにおけるあらゆるメディウムと連続的でありながら同時に、それを収斂させる「メタ・メディウム」としての性格を重視した。そこではあらゆるメディウムがソフトウェア化されて交雑を起こす。
11 ラインスキャンカメラ 通常のカメラが「面」でイメージを捉えるのに対して、ラインスキャンカメラは「線」でイメージをスキャンしていく。1ピクセル幅で、列に並んだフォトダイオードアレイにあたった光を電気信号に変換し、継起的に出力していくカメラ。
12 高谷史郎 一九六三年生まれ。一九八四年に「ダムタイプ」に参加。一九九八年から「ダムタイプ」の活動と並行して、個人の制作活動を開始。種々のメディアを用いたパフォーマンスやインスタレーション作品を制作。二〇一八年にはパフォーマンス《ST/LL》を新国立劇場で上演した。
13 ゲルハルト・リヒター 一九三二年生まれ、ドイツの画家。新聞や雑誌の写真を大きくキャンバスに描き写し、画面全体をぼかした「フォト・ペインティング」、写真の上に絵具を描く「オーバー・ペインテッド・フォト」などの技法を使うのが特徴。
14 ステイニング  下塗りを施していないキャンバスに薄く溶いた絵具で直接描く具象的な
技法のこと。
15 リー・フリードランダ― 一九三四年生まれ、アメリカ合衆国の写真家。一九六六年に「コンテンポラリー・フォトグラファーズ――社会的風景に向かって」展にゲイリー・ウィノグランドらとともに参加した。二〇〇五年にはMoMAが写真家としては異例の大規模な回顧展を行った。「セルフポートレート」シリーズでは、写真家本人ではなく、そこに映っている場所/社会こそが対象化されている。
16 ゲイリー・ウィノグランド 一九二八年生まれ、アメリカ合衆国の写真家。従来の記録のためのドキュメント写真ではなく、パーソナルな視点で捉えた身の回りの社会風景を引いた視座から撮影した。膨大な量の写真を撮っていたことでも知られる。
17 ウィリアム・エグルストン 一九三九年、アメリカ合衆国生まれの写真家。芸術写真はモノクロが一般的だった時代に、カラー写真で成功を収めた「ニューカラー」派を代表する写真家。ダイトランスファー・プリントという高級プリントによる色彩を特徴とする。
18 スティーブン・ショア 一九四七年、アメリカ合衆国生まれの写真家。十四歳の頃にMoMAに作品を買い上げられる。十代の頃からウォーホル「ファクトリー」に出入りする。『アンコモン・プレイセズ』は「ニューカラー」を代表する作品の一つになった。
19 ロバート・フランク 一九二四年生まれ、スイス生まれのアメリカ人写真家。一九五八年に刊行された『アメリカンズ』は写真史に残る重要作品。社会や人間の現実の描写を重要視するフォト・ジャーナリスト的写真が主流だった中、個人の主観的な視点でありのままの現実のアメリカを撮影した。
20 荒木経惟 一九四〇年生まれ。世界的に現代日本を代表する写真家として知られる。『センチメンタルな旅』などプライベートを題材とする「私写真」が特に有名。ヌード写真や人物写真を得意とする。
21 中平卓馬 一九三八年生まれ。写真家/写真評論家。一九六八年、高梨豊、岡田隆彦、多木浩二らとともに、写真同人誌『provoke』を創刊する。二号からは森山大道も参加するが、三号で休刊となる。高温現像による「アレ・ブレ・ボケ」を特徴とする写真を撮っていたが、のちに転向。一九七三年に評論『なぜ、植物図鑑か』を上梓。
22 牛腸茂雄 一九四六年、新潟生まれ。対象との「距離」を感じさせるスナップ・ショットであるコンポラ写真の代表的な写真家として知られる。多木浩二や中平卓馬などから批判を受けたことも。代表作は『SELF AND OTHERS』。
23 ラースロー・モホリ゠ナジ 一八九五年生まれ、ユダヤ系ハンガリー人の写真家、画家、タイポグラファー、美術教育家。著作『絵画・写真・映画』で、視覚の新技術であった写真や映画というメディアに着目し、写真を「光の造形」と、写真の延長である映画を「動く光の造形」と捉え、絵画の延長線上にある「光」や「空間」、「運動」を表象する新たなるメディアとしての可能性を強調した。
24 エドワード・ウェストン 一八八六年生まれ、アメリカ合衆国の写真家。芸術写真グループ「f/64」メンバー。ほとんどの作品を8×10インチの木製大判カメラ(ビューカメラ)で撮影しているのが特徴。
25 déjàvu フォト・プラネット社刊行、河出書房新社発売。一九九〇年創刊の写真に関する季刊雑誌。
26飯沢耕太郎 一九五四年生まれ。日本の二〇世紀前半の写真研究の第一人者。『「芸術写真」とその時代』など。
27 伊藤俊治 一九五三年生まれ。美術評論家、写真評論家、美術史家。著書『ジオラマ論』により、サントリー学芸賞を受賞。
28 ロザリンド・クラウス 一九四一年生まれ、アメリカ合衆国の批評家。ポストモダニズムを代表する美術評論家。コロンビア大学教授。一九七六年に批評誌『オクトーバー』を創刊。著書に『アンフォルム――無形なものの事典』『独身者たち』などがある。
29 オクトーバー アメリカ合衆国のMIT出版刊行。一九七六年刊行、現在も続く現代芸術の批評・理論を主とする季刊誌。
30 ジェフリー・バッチェン 一九五六年、オーストラリア生まれの写真史家。代表的著作に『写真のアルケオロジー』。
31 フォトグラム カメラを用いず、印画紙の上に対象物を置いて直接感光させる撮影法。
32 ヴォルフガング・ティルマンス 一九六八年生まれ、ドイツの写真家。『i-D』誌で商業写真を撮りつつ、一方で芸術写真家として活動。ターナー賞(五〇歳以下のイギリス人もしくはイギリス在住の美術家に贈られる)を写真家として初めて受賞した。
33 ベッヒャー・スクール ベッヒャー派、ベッヒャー・シューレとも呼ばれる。独デュッセルドルフ芸術アカデミーでベッヒャー夫妻の教えを受けた作家たちを指す。
34 多摩美術大学での授業 谷口暁彦氏による「「べつの写真表現」@多摩美メディア芸術コース」のこと。清水氏にはインタビュー前に、このオープンソースを事前にご覧いただいた。雲に顔認証を適用させる作品は韓国のメディアアーティスト、シンスンバック・キムヨンフン氏によるもの。(https://okikata.org/altphoto/index.html)
35 谷口暁彦 一九八三年生まれ。メディア・アーティスト。多摩美術大学美術学部情報デザイン学科メディア芸術コース講師。
36 アンドレアス・グルスキー 一九五五年、ドイツの写真家。ベッヒャー・スクール。証券取引所やマスゲーム、サッカースタジアムなど、大勢の人が集まる現代的風景を巨大プリントで作品にする。ドイツ現代美術を代表する写真家の一人。
37 アレックス・ソス 一九六九年、アメリカ合衆国生まれ。世界的に高い評価を得るドキュメ
ンタリー写真家。現代美術の領野で注目を集める。
38 松江泰治 一九六三年、東京生まれの写真家。自転車を用いた撮影、空撮、近年では映像作品も制作。デジタル以降の写真表現を試みている。鈴木理策、鷹野隆大、批評家の倉石信乃、清水穣と「写真分離派」を立ち上げ、二〇一二年、共著『写真分離派宣言』も刊行している。
39 杉本博司 一九四八年、東京生まれの写真家。写真だけにとどまらず彫刻やインスタレーションなど多岐にわたる活動を行っている。世界的な評価を獲得している日本人写真家の一人。