渡邊琢磨 インタビュー: 『ラストアフターヌーン』幽霊的世界の到達点


『ラストアフタヌーン』について(1 of 2)

――新作『ラストアフタヌーン』についてですが、幽霊性が一つのテーマということです。まず音自体が幽霊のようなものですよね。古代から幽霊や死霊などに結びついていたり、洞窟で歌って神の声を聞いた――そういう音の幽霊性でしょうか?

渡邊 幽霊自体というより、幽霊が立ち現れる空間を、そこに流れている雰囲気や空間性を考えていました。音はふわっと出てふわっと消えるという。今回、割とそういうことは意識して書いた曲が多いんです、鳴ってからの余韻に対する、余韻にフォーカスする曲は結構書きましたね。

――音の幽霊性の探求や拍節感の薄い、アンビエント的音色構築に充実を感じます。

渡邊 仰るように、拍節感の消失といいますか――これは抽象論になりますが――テンポをテクスチャーとして取り扱って、個々の和声をフローさせる音響実験も行いました。しかし本作における主な関心事は、スコア上にある弦の響きが、コンピューターのサウンドをいかにジェネレートするか、そして結果どういうテクスチャーが生成されるのかということです。

 アルバム制作は、14年頃に結成した変則的な弦楽カルテット(=梶谷裕子:Vn、須原杏:Va、徳澤青弦:Vc、千葉広樹:Cb)と、後に中規模化した13名の弦楽アンサンブルとの演奏活動が大きなきっかけになっています。当初、対位法の独習を進める目的で、弦楽四重奏の作曲に取り組んだのですが、それは同グループの活動開始から2年くらいの間に相応の成果を上げ、映画音楽の仕事にも多く転用しました。それから徐々に音響作曲的なことに興味関心が向かい始め、先述の弦楽とコンピューターの相互干渉から生じる音色操作という着想に至ります。

――ストリングスのソフトシンセでは出せないような弦の固有性を感じました。微分音などの使用やそれ以外の特殊な技法はありますか?そして何を目的としているのでしょう?

渡邊 弦楽四重奏などの室内楽編成が合奏する際、プレイヤー同士がタイミングやデュナーミクなどを合わせる目的で、意思の疎通を図ることが頻繁にありますが、個人的にそれを崩したいのです。微分音は、演奏者によってピッチの捉え方にばらつきが出るので、音程が揺らぎます。微分音だけではなくてリズムにもそういうノーテーションを加えています。もちろん演奏者は事前にそういう音が記譜されていることは分かっていますが、それでもちょっとしたエラーが起きるというか、演奏が不安定にはなります。

 合奏の際の指標性を、要所で取り外すことで生まれる可変的な音の歪みに興味を持ったのです。それは即興とも違い、形式はそのままにテクスチャーだけが変容する音の歪みです。この書法に、Maxのサウンドジェネレートを導入することで、作曲書法上のフェーズを更に分散できるようになりました。要するに、ある程度は音響プランの予測が立てられつつ、その予測が裏切られることも含有されているような状態です。

――グラニュラーシンセが弦の音の上に乗っていると、弦の音が弦なのかオブジェクト的な音かわからなくなる瞬間があります。多くのリスナーは、弦に自然と伝統的な音楽的要素を求めるものだと思います。それを宙吊りにさせる効果、仕掛けがあるように感じましたが。

渡邊 このアルバムの作曲を開始した当初、電子音と弦が渾然一体となった音をイメージしていました。弦は電子音に歩み寄り、電子音の方も弦に歩み寄らないといけない。どのように電子の音と弦の音がスコア上でヴィヴィッドに関わっていくのかを重点的に考えました。するとどうしても特殊奏法やそのニュアンス相応の記譜法が必要になってきました。当初割とオーソドックスな記譜法を想定していましたが、弦奏者とコンピューターの合奏を想定し作曲を進めていく過程で、自然と譜面も特殊なものに変わっていきました。

  演奏上拠り所のないことをやると、それはそれで「ハーモニー」が出来上がってしまう。そういう微妙な指標性の問題があって面白い。通常、演奏者は演奏上の解釈の適否は、一緒に演奏を行う他の演奏者や譜面、そして自分の音で相対的に判断すると思いますが、それができない状態で演奏し続けたときに現れる、不穏なハーモニーが面白いな、と(笑)。 

  ただ、こういう実演とコンピューターの合奏などの研究は、フランスのIRCAM (註:フランスのパリにある、音響および音楽の探求と共同のための研究所フランス国立音響音楽研究所。フランスの作曲家ピエール・ブーレーズ主導の元、1977年に設立)を始めとする研究機関が、音楽史上さまざまな成果をあげていますが、そのアイディアをアカデミズムや様式にとらわれず個人的に発展させることに興味がありました。近頃は、作曲者が研究機関やエンジニアと共同や分業することなく、ミュージックテクノロジーと器楽の演奏を併置して作曲することは容易になり、サウンドやオブジェクトの試行は個人で取り組む方が簡略化できるようになりました。もちろんコンピューターを音楽的に応用することと、楽器を演奏したり譜面を書いたりすることを両立するには、各々の知識や技術が必要になりますが、この両極の物事の習得も以前に比べると容易になったと思います。