渡邊琢磨 インタビュー: 『ラストアフターヌーン』幽霊的世界の到達点


2020年3月 Skype/Emailにて

取材・構成/大西穣


『あのこは貴族』の映画音楽制作

 ――まず、今年公開の『あのこは貴族』(山内マリコ原作、岨手由貴子監督作品)の映画音楽は、ふわっと観客の無意識に響いてくるようで、曲の入りも全体的なバランスも自然な感覚を受けました。テンプトラック(参考の仮音源)のやり取りや音の入りなどに工夫をされたのでしょうか?

渡邊 テンプトラックに関してはケースバイケースというか、監督がどこまでそのテンプトラックの音楽性をふまえているかによります。あくまで参考程度ということであれば、オミットすることも多々あります。

 あて位置に関しては、僕が決めると合理的すぎてしまう気がしていて、個人的には監督主導で音楽の入りを決めるのが基本だと考えています。また自分の場合は、環境音や効果音、具体的な音の情報量が多い場合は、ここにあったほうがいいんじゃないですかという提案より、ここになくてもいいんじゃないですか、という提案の方が多い傾向があります。それからテクスチャー的な判断をしていきます。

――アンビエント音楽の要素も感じます。

渡邊 映画音楽をやっていると、普段日常で意識していない音に注意を向けることが多々あります。なのでアンビエント的な概念を特別意識しているわけではなく、仕事の便宜上考えざるを得ないのです。各シーンに含まれている音の情報との兼ね合いといいますか、ハムノイズやエア音などの周波数帯に、こちらで作る楽曲が干渉しないように配慮することもありますし。

――録音技師と恊働して行うことは多いのでしょうか?

渡邊 例えば、『あのこは貴族』の演奏会のシーンなどでは、撮影している現場とサントラを録音する音楽スタジオの空気感に差異が生じてしまうので、現場で集音した環境音のデータを録音部から送っていただいて、劇伴のミックスのときに微妙にブレンドしました。整音部やサウンドデザイナーと音楽部が共同作業することでクオリティーが上がることが多々あります。

――『あのこは貴族』に出てくる弦作品は、劇中の演奏シーンも含めて渡邊さんが全て書かれたとのことですが。

渡邊 そうですね。弦は持続音として背景に馴染みますし、映画音楽には万能な楽器だと思いますが、映画のシーンの中で登場する弦楽四重奏に音楽をつくる試みはとりわけ面白かったです。

――メロディーも普通に作れるでしょうが、音のテクスチャー作りにより重きを置いている、その意図はなんでしょう?

渡邊 基本、音楽で映画を妨げることはしたくないですね。ただそれは、劇伴が静かであれば良いとかダイナミクスが無い方が良いという意味ではありません。音楽的な主張以前に、映画音楽はまず演出です。演出として上手くいかないのであれば、どんな名曲を当ててもシーンは台無しになってしまいます。だから作曲にあたって自己批評しつつ、監督に独自の解釈も提案するという両義性を持つことが大事になってくると思います。その点で、映画音楽と自己作品の取り組み方は異なりますが、それらを区別して考えているわけではありません。