ISIS(the band)解散以後のヘヴィロック・シーンには、ISISの絶大な影響力のあまり、大きな穴が開いたように思う。ISIS以後美麗な音響のレイヤーを重ねたサウンド、いわゆるアトモフェリック なヘヴィロックの形式は無数にフォロワーを生んだが、いずれもISIS以後のポストへヴィロックのほとんどは新たな形式を生成してはいないし、進歩をさせているとも言えない 。しかし、それも致しかたないであろう。何故ならば、先駆者であるISIS自身、最終作となった『Wavering Radiant』でアトモフェリックなヘヴィロックの形式を極限まで洗練し、これ以上のものは生成できないと判断し、「全てをやりきった」と言って解散したからだ。当時筆者を含め、ISISを少なからず追ってきたものにとって強い衝撃を残したが、『Wavering Radiant』の比類なき完成度を目の当たりにした私たちにとって、同時に納得いくものでもあったろう。
リーダー格のアーロン・ターナーはISIS解散以後、ほぼヘヴィロックのアプローチは採らず(唯一の例外はCONVERGE、CAVE INのメンバーらとやっているアンダーグランド・オールスター・バンドOLD MAN GLOOM)、代わりにアンビエント、ノイズ、ドローンといった実験的な音楽のフィールドで活動していた。
だがしかし、沈黙を破ったようにアーロンは突如新たなヘヴィロックバンドを結成する。それが本稿で取り上げるSUMACである。SUMAC『The Deal』はISIS以後のポストヘヴィロックに対する返答であり、かつ更新でもあるのだ。そして、アーロンに再び伝家の宝刀を抜かせたのは、彼にSUMACの結成を決心させたドラマーのニック・ヤシシンである。あのデイヴ・グロール (Foo Fightersのフロントマン。元NIRVANAのドラマー)も大絶賛する、この若き超絶ドラマーを抜きにして、SUMACは語れない。
『The Deal』はこれまでのアーロンの作品に同様、リフの反復によるミニマルな構造を成している。しかし、ここではいっさい耽美主義的な音響のテクスチャーも鮮麗なメロディも歌もない。代わりにあるのは執拗に繰り返され急激に転調する無機質なノイズまみれのリフと、ニックによる有機的で変則的なドラミングである。そして、このニックのドラミングが反復するミニマルな構造を逸脱し、速度をあげるのだ。唐突に挿入されるブラストビート (スネア、バスドラム、シンバル等を極限まで高速に叩くリズム。平均BPM180以上)はその白眉である。かつて哲学者ジル・ドゥルーズがグレン・グルードについて述べた「或る曲の演奏速度を速めるとき、彼は単にヴィルトゥオーソとしてそうしているのではなく、音楽上の点の数々を線に変容させ、全体を増殖させているのである」という見解はニックのドラミングにも当てはまると思う。すなわち、そこにはポストへヴィロックの新たな形式を生み出す可能性が秘められている。SUMACのデビューアルバムである『The Deal』は今後のヘヴィロックが持つポテンシャルを大に感じさせるのだ。(佐久間義貴)
※ヱクリヲ4号でパースペクティヴを拡げ、本格的に論じた「反復と逸脱――SUMAC『The Deal』論」(仮)を掲載予定です。