ポスト・ジャンル映画としてのA24フィルモグラフィ:『ヱクリヲ vol.10』「A24 インディペンデント映画スタジオの最先端」


A24のいくつかの作品には、明らかにジャンル映画の記憶を借りつつ、しかしそれでいてその範疇に収まらないものがある。ゾンビや怪物の襲来を思わせつつ、しかしそれはつねに予感に留まり続け、観客が思いもしない終着点にいたる。あるいは幽霊が出現したとしても、その作品は決してホラー映画の観客が期待するような展開にはいたらない。このフィルモグラフィではそんなA24の〈超ジャンル〉的作品を20個選出した。すでに70を超える配給・製作作品を持つ「A24」だが、そこに通底する一つの系譜を追ってもらえれば幸いである。

(本記事は2019年5月に刊行された『ヱクリヲvol.10』「A24インディペンデント映画スタジオの最先端」特集に収録されたものです)

スプリング・ブレイカーズ(2012年製作)
SPRING BREAKERS

〈青春〉
監督:ハーモニー・コリン出演:ジェームズ・フランコ、セレーナ・ゴメス、ヴァネッサ・ハジェンズ、アシュレイ・ベンソン、レイチェル・コリンほか

「毎日変わり映えしない景色にウンザリ。だからここの人はミジメなの。同じようなベッド、同じような家、みすぼらしい街灯[…]全てが同じで皆哀れだわ。大学の春休み(スプリング・ブレイク)は違う何かを見るチャンス」

 フェイス、キャンディ、ブリット、コティの4人組は春休み(スプリング・ブレイク)をフロリダで過ごすことを夢見ている。持ち合わせの金に困った彼女たちは水鉄砲を片手にダイナーを襲撃、首尾よく強盗に成功。フロリダに移り、酒とコカインまみれの享楽的な日々を送る。

 退廃的な青春とその終わり――繰り返し描かれてきた主題だが、本作がジャンル不定の魅力を放つのは後半に顕在化するクライム要素ゆえだろう。地元の警察に大麻使用の罪を問われ、留置された4人を「エイリアン」と名乗るギャングスタ(ジェームズ・フランコ)が保釈金を払い、自由にする。やがてエイリアンの導きのもと、4人は犯罪に手を染め、再び享楽的な生活を始める。後半は煌めくネオンと闇夜に輝く蛍光ビキニから「ネオン・ノワール」ともいうべき様相だ。

 注目すべきは、さながら『スカーフェイス』(1983)のようなギャングスタとして描かれるエイリアンの「空虚さ」だろう。徹頭徹尾「奥行」を持たない彼は物語を攪乱し、ジャンルとそれに付き纏うパロディの力学から本作を逸脱させてしまう。初期に「A24」の名を世に知らしめることになった一作だ。(山下研)

ブリングリング(2013年)
THE BLING RING

〈青春〉
監督:ソフィア・コッポラ
出演:エマ・ワトソン、イズラエル・ブルサールほか

 ソフィア・コッポラ監督が、アメリカ・ロサンゼルスで実際に起きた窃盗事件を題材に、ティーンが欲望に従って犯罪に手を染めていく様を描く。実はA24が初めて配給した2013年の『チャールズ・スワン三世の頭ン中』は彼女の兄ロマンが監督を務めただけでなく、父フランシスの映画会社アメリカン・ゾエトロープで製作された。このようなコッポラ家との縁がA24の『ブリングリング』配給を導くこととなったのだ。

 舞台は豪邸が立ち並ぶハリウッドの高級住宅街カラバサス。華やかな生活に憧れる少女たちは、パリス・ヒルトンらセレブが留守中かどうかをブログやSNSから把握し、住居も検索して突き止め、侵入と窃盗を繰り返していた。ブランド品を盗むために出来心で始めた小さな冒険のはずだったが、次第に彼女らは後戻りのできない領域まで足を踏み入れてしまう。窃盗は常習化し、被害総額はなんと3億円にまで上った。皮肉にも盗品をSNS上で誇示したことをきっかけに通報され、彼女らは逮捕される。

 窃盗にも増して侵入の快楽が次第にせり上がってくる。それは彼女らが途中から数多ものブランド品を含んだ「家」そのものへと引き寄せられていったからに他ならない。本当の狙いは、セレブの住処こそが孕んだ暮らしを盗み取ることである。(小川和キ)

アンダー・ザ・スキン 種の捕食(2013年製作)
UNDER THE SKIN

〈SF〉
監督:ジョナサン・グレイザー
出演:スカーレット・ヨハンソン、アダム・ピアソンほか

 スカーレット・ヨハンソン扮する謎の美女の正体は、文字通り人間の皮を被った真っ黒の滑らかな体表を持つ異星人。寄ってくる男たちを謎の液体の中に沈み込ませて捕食しながら、スコットランド中を旅する。
 
 共感には程遠い異星人目線の奇妙な寓話に切り込むにあたり、ダナ・J・ハラウェイの「サイボーグ宣言」(1985)を補助線として引こう。機械と生物の混合体=サイボーグを「脱性差時代の世界の産物」と呼んだハラウェイのセンセーションは、女性とサイボーグをテーマにしたJ・キャメロンによるアクション映画『ターミネーター』(1984)と並行していた。本作のエイリアンと『ターミネーター2』(1991)の液体金属の外見が大変よく似ていることは偶然ではない。『エクス・マキナ』と並べると女性とサイボーグ、ジェンダーとポストヒューマンという問題はA24にとって地続きだとわかるだろう。人間を捕食するエイリアンが、「美女」として強姦の標的に晒されるこの作品は、一見文明によって食物連鎖の頂点に君臨するかに見える地球上の人間の生物界における地位を一度疑問に付す役割を果たす。つまり、人間もまた狩られ、食われる存在であるという物語が私たちには必要なのだ。(伊藤元晴)

エクス・マキナ(2014年製作)
EX MACHINA

〈SF〉〈恋愛〉
監督:アレックス・ガーランド
出演:アリシア・ヴィキャンデル、オスカー・アイザックほか

 グーグルに似たグローバル企業「ブルーブック」に勤めるケイレブは、社内の抽選に当選し、経営者ネイサンが住む山間の自宅に招待される。そこで彼はネイサンが開発した女性型アンドロイドと交流し、その性能をテストすることを求められる。

 本作は全体を通して極めて洗練された雰囲気を維持している。美しい森林に囲まれ、適切な調光や北欧風の家具に囲まれたネイサンの自宅での彼とケイレブによるサブカルチャーから量子力学にわたる知的な問答などはまさにそうだろう。それを通して徐々に彼らは超人間的な主題に接近していく。しかし終盤では先述の表層的な洗練の雰囲気が、美しいアンドロイドの表皮をめくるように豹変し、性や欲望のおぞましさを悪し様に露呈する形で終わる。このような洗練と野蛮を対比的に描く構造は『アンダー・ザ・シルバーレイク』にも通底する、A24に固有の厭世的な視点だと言えるだろう。(横山タスク)

AMY エイミー(2015年) 
AMY

〈実録〉
監督:アシフ・カパディア
出演:エイミー・ワインハウスほか

 英国のジャズシンガーとしてデビューし、2008年にグラミー賞を受賞しながらも、2011年にわずか27歳で逝去した歌手エイミー・ワインハウスの生涯を描くドキュメンタリー。本作を撮影したアシフ・カパディアは前作『アイルトン・セナ〜音速の彼方で』(2010)で事故で亡くなった夭折の天才を扱ったが、エイミーの場合その才能は複雑な家庭環境と薬物・アルコール依存と引き換えのものだった。そして偶然か必然か、多くの偉大なミュージシャンの没年に当たる27歳で命を落とすことになる。

 本作の映像的特徴は使用する映像の変遷にある。前半ではエイミーの近親者によるビデオ映像を富に使用することで彼女を身近でリアルな存在として描くが、後半ではスターダムに上り詰めた後のパパラッチによる隠し撮りやライヴ映像を多用するようになり、観客が彼女の内面を推し量ることは徐々に困難になっていく。このような構成になったことは、使用可能な映像素材の偏りのために起きた結果的な事態だと思われるが、彼女の共感できる素朴な生い立ちから現実離れしたスターダムへの上昇と戸惑いを効果的に演出した。

 もちろんドキュメンタリーという性質上、本作にA24全体に通底する問題を見出すことは難しいが、同社の幅広い展開を示す作品であることは間違いない。(横山)

ルーム(2015年)
ROOM

〈実録〉
監督:レニー・エイブラハムソン
出演:ブリー・ラーソンほか

 アイルランドの作家エマ・ドナヒューのベストセラー小説『ROOM』が映画化された。誘拐ののち小屋に監禁され、子どもを孕まされた女性ジョイ。彼女と狭い小屋の中で生まれ育った息子のジャックが、長い間断絶されていた外の世界へと脱出し、社会へ適応していく過程で生まれる苦悩や葛藤を描写したドラマである。母と子の視点を経由する物語の前半は、小屋の外の状況が未知のまま誘拐犯の男がやってくるのを待つという状態で宙づりにされるため、擬似的なホラー調、ミステリー調ともいえるようなムードで進んでいく。

 外の世界を知らない5歳のジャックにとっては、その汚らしく狭い小屋の中こそが「家」である。だから彼は初めのうち、母親がなぜ脱出することを求めているのか理解することができない。それでも彼は愛する母のために、死んだふりをしたまま小屋の外へと脱出する。誘拐犯は捕まり、母子も家族の元へと戻ることができる。

 祖父母の元へ戻ると、それまで世間と隔絶されていた母子にとって困難な壁として立ち現れるのは、暮らしへの適応だ。しかし世界の広さと複雑さに邂逅する彼女たちは、かつての住処で天井の小窓から差し込む光を頼りに生きた経験から、希望がいつもどこかで息を潜めているのを知っている。(小川)

THE WITCH – ウィッチ(2016年)
THE WITCH

〈ホラー〉
監督:ロバート・エガース 
出演:アニヤ・テイラー゠ジョイほか

 17世紀のニューイングランドのとある森に入植した敬虔なキリスト教徒の夫婦と5人の子どもは森に住み着く魔女と思しき怪異によって次々と失踪していく。一家は主人公として描かれた思春期の少女のみを残し、残りの全員が魔女の策謀によって死亡してしまうが、最後に残った少女は悪魔と契約し、自身も魔女に転身して終わる。

 あらすじだけを記すと本作は一見クリシェ=ありがちな展開に徹したB級のホラー映画のように映るが、実際には多義的な解釈を可能にする強いポテンシャルを持った映画である。

 この映画ではその最後に少女が魔女に転身したことで、唐突に多ジャンル的な特徴が発生する。それ以前では、少女が一人になるまでの不可思議な家族たちの殺害状況は魔女による超常現象としてのみ処理されるが、少女≒魔女という終盤の一致を通して、遡及的に今までの犯行が少女によるものだとしても殺害の証明が成立することが判明する。まだまだ洗練されているとは言い難いものの、ジャンル映画として用意されながらそのジャンル以外の多くの視聴者にも訴えかける作品に仕上がっている。それはA24のジャンルに対する柔軟な姿勢が現れているとも言えるだろう。(横山)

ロブスター(2015年製作)
The Lobster

〈SF〉〈ラブロマンス〉
監督:ヨルゴス・ランティモス 
出演:コリン・ファレル、レイチェル・ワイズほか

 他のA24映画よろしく、近代的な人間生活の脱臼が、それを生成する風変わりな「家」の中で展開される。狂気的な近未来、全ての独身者は身柄を拘束されて「ホテル」に送り込まれ、そこで45日以内にパートナーを見つけることができなければ、動物に変えられ森に放たれてしまう。さらに獣に変わった後も独身者たちは、狩を成功させた回数に応じて滞在日数を伸ばすことができる「ホテル」居住者から常に狙われる身となるのだ。

 独り身の主人公デヴィッドは、親交を深めた女性から犬になった兄のボブを蹴り殺されるなど、「ホテル」で狂気の日常を目の当たりにして森へと逃げ出す。しかしそこにあったのは同じく脱出した「独身者」たちのコミュニティだった。結局彼は恋愛禁止の掟を破ってしまい、罰として恋人の視力を奪われる。デヴィッドは恋人と森を抜けた後、とあるレストランで鏡と向かい合うのだった。自分の目すらも見えなくさせようと、彼の片手はフォークを固く握りしめている。

 デヴィッドは「100年以上生きられるし、貴族みたいに由緒があって、死ぬまで生殖能力がある」から、ロブスターになりたかった。でもこれも結局、人間の側からみた分析でしかない。動物にならないとわからないことがある。そして仮に人間にならないとわからないことがあるとすれば、それがいかに恐怖に満ちているのかを、映画は非人間的な冷酷さで示そうとする。(小川)

アメリカン・ハニー(2016年)
AMERICAN HONEY

〈青春〉
監督:アンドレア・アーノルド
出演:サーシャ・レーン、シャイア・ラブーフほか

 主人公のサニーは、18歳の時に貧しい家庭を飛び出し、自分のために生きることを決める。テキサス生まれの「アメリカン・ハニー(南部女)」が乗り込むのは、身寄りのない同世代の若者たちが集まったワゴン車だ。彼らはカンザスシティまで移動しながら、雑誌を訪問販売していた。購読の契約を得ればリーダーから生活費が支給されるが、サニーは時に人々を騙すような営業に馴染めず、葛藤を抱えていく。そんなとき彼女は、無鉄砲に何処かへ行ってしまう。目先の現実との間に突然距離を差し込む南部女の身振りで、たとえば通りがかったカウボーイの車に乗り込み、遠くの地でバーベキューをしながら自分の仕方で雑誌を販売していくのだ。

 絶え間ない切断と接続。そしてサニーは毎回戻ってくる。若者たちが日替わりで暮らすホステルと、ヒップホップのビートに揺れるワゴン車という、ヴァーチャルに機能する「家」の中へ。若者たちにはいま−ここしか存在しない。そこに「家」はあるようでないし、ないようである。諦念が同居する場は、ほんの少しの未来への灯火を宿らせ、浮遊するような暗い現在は、南部に生きる身体の躍動を引き立てる。なぜか、きっと大丈夫だという気がしてくる。A24映画の越境する多ジャンル性と揺れ動く変化の様を「体現」した作品。(小川)

ムーンライト(2016年)
MOONLIGHT

〈青春〉〈ラブロマンス〉
監督:バリー・ジェンキンス 
出演:マハーシャラ・アリ、トレヴァンテ・ローズほか

 本作は三部構成になっており、マイアミ州に住む黒人シャロンの幼少期・思春期・成人期のエピソードを通して彼の成長を追う。幼少期のシャロンは肉体的にも精神的にも繊細なためにいじめられていたが、フアンというコカインの売人と交流したことで、セクシャリティや母親との不仲など多くの面で自分を啓く端緒を見つけ始める。その経験は成人期に売人稼業を始めるなど負の側面としても受け継がれるが、思春期に親交を深めあったが結局別れてしまった男性の友人ケヴィンと成人になった後に再会したとき、自らの繊細な内面を伝えることでお互いを認め合い、映画は終わる。

 本作においてシャロンはマスキュリンな価値観の強いスラム・コミュニティにおける異端児として扱われるが、これは黒人固有の問題というより、排除されていくマイノリティにとって普遍的な物語だと言えよう。シャロンが思春期に学校で暴行事件を起こしたことで少年院に入り社会復帰が困難になり、フアンの後を追うように売人になったことも、現社会が排斥された人間の復帰するモデルを欠いていることを批判している。もちろんシャロンの内面を反映したような繊細な映像も重要だが、この物語が現代において高い評価を受けることにはある種の必然を感じる。(横山)

20センチュリー・ウーマン(2016年)
20TH CENTURY WOMEN

〈青春〉
監督:マイク・ミルズ
出演:アネット・べニング、グレタ・ガーウィグほか

 1979年、カリフォルニア州サンタバーバラ。15歳の息子ジェイミーを持つ55歳のドロシーは、彼の将来を案じて自宅に間借りしている若い女性アビーと彼の幼馴染で二つ年上のジュリーに彼の母親代わりになるよう持ちかける。こうしてジェイミーと繊細な女性たちの共同生活が始まる。

 共通してグレタ・ガーウィグが関わる本作と『レディ・バード』にA24のジェンダーへの態度が現れた。監督マイク・ミルズの妻はジェンダー的側面を強調するアーティスト、ミランダ・ジュライ。彼女との実体験のいくつかが実際に作中に生かされたという。それゆえ70年代の時代劇であるはずの本作には、#metoo騒動に揺れる現代のジェンダー事情において裕福な中年男性のクリエイターであるミルズがいかに当事者性を持って作品を作るかの困難が垣間見える。駐車場で燃え盛るドロシーの愛車フォード・ギャラクシーで始まる冒頭は印象的だ。破水した彼女を乗せて病院へと駆け込んだとされるその車の最期に始まり、本作には子宮と自動車とを重ね合わせる多くのイメージが登場する。誰もがそこから生まれてきた、という普遍性においてミルズは誰もが「女性」というテーマの当事者になれるという主張を実践する。(伊藤)

イット・カムズ・アット・ナイト(2017年)
IT COMES AT NIGHT

〈ホラー〉
監督:トレイ・エドワード・シュルツ
出演:ジョエル・エドガートン、クリストファー・アボット、ライリー・キーオ、ケルヴィン・ハリソン・Jrほか

 黒い湿疹を肌に浮かべ、朦朧とした表情を浮かべる老爺は何らかのウィルスに感染しているのだろうか。やがて防護服に身をつつんだ息子夫婦のポールとサラが、彼を山荘の外に運び出すと、その頭を拳銃で打ち抜き、亡骸をただちに焼却する――。これから始まる物語はパンデミックものか、あるいはゾンビものだろうか。本作は開巻間もなく、否応なしに観る者のジャンル映画的想像力を駆り立てていく。

 しかし、映画はその期待を裏切ることになるだろう。水を求めてきた闖入者との邂逅、やがて闖入者たるウィル一家が食料備蓄を持っていると知ると、彼らは奇妙な共同生活を始めることになる。本作はここから一転、ホラーやパニックを期待していたであろう観客が席を立ちかねないほどの遅延を示し始める。だが、『イット・カムズ・アット・ナイト』がA24配給作品であることの徴はこの大胆な作劇にこそある。

 本作は結局この「感染」の真相を何ら説明せず、後半はポールとサラの息子トラヴィスが見る思春期特有の不安とこの状況下への恐怖がもたらす夢を断続的に挿入しながら、彼らの日々の生活を静かに映し出す。彼らの生活はやがて破局を迎えるが、そこに至るまでの演出はアクションやサスペンスから無縁である。同作はジャンル映画の記憶を借りながら、しかし、まったく別の映画群を立ち上げつつある、「A24」の時代精神を示す作品の一つだろう。(山下)

A GHOST STORY / ア・ゴースト・ストーリー(2017年)
A GHOST STORY

〈ホラー〉〈ラブロマンス〉
監督:デヴィッド・ロウリー 
出演:ケイシー・アフレック、ルーニー・マーラほか

 ある日、C(ケイシー・アフレック)は同居中の恋人M(ルーニー・マーラー)を残して交通事故で夭折してしまう。病院でシーツを被せられたCの遺体が突如として立ち上がると「幽霊(ゴースト)」として、かつての住処でMの姿を見守るようになる――。こう書くと『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990)のようなラブロマンス映画だと思われるかもしれない。

 しかし恋人のMは不可視の存在であるCに気付かず、やがて二人が暮らした家を去ってしまう。場所に縛りつけられたままのCはホラー映画よろしく次の住居人一家を恐怖の底に追いやり、はたまた数百年の時を越えてSFのごとき未来都市で自殺を試みたりする(もちろん不首尾に終わるのだが)。つまり、物語はロマンスを駆動する相手の女性を失った後に続いていく。

 Cが成仏するためには、Mが家を去る際に柱の中に隠した「手紙」を読むことしかありえない。時空を越えて、再び家に舞い戻った幽霊はとうとう「手紙」を取り出してその存在を消す。手紙の内容は観客に明かされることなく幕を閉じる。観客が知ることのできない「謎」と「不可視」の幽霊、そしてジャンル横断性――わたしたちはここでA24のタイトルバックが「不可視」の光線たるスペクトルで立ち現れることを思い返してもいいのかもしれない。本作はまさしく「A24」性を漂わせる傑作だ。(山下)

グッド・タイム(2017年)
GOOD TIME

〈ホラー〉〈ラブロマンス〉
監督:ジョシュア・サフディ、ベン・サフディ
出演:ロバート・パティンソンほか

 知的障害を持った弟ニックと兄コニーは銀行を襲撃し大量の現金を手に入れるが、逃走の途中でニックは転倒し、逮捕されてしまう。コニーは保釈金で彼を釈放させようとするが失敗し、その後に彼が収監されている病院に潜入して連れ出すことに成功する。しかし実は全く別の犯罪者の男を連れ出していたことが判明し、その見知らぬ男と奔走するが最後には男は転落死し、コニーは警察に捕まってしまう。

 本作はカンヌ映画祭のコンペティション部門に選出され、また劇伴を担当した気鋭のテクノアーティストOPN(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)はサウンドトラック賞を受賞している。エンドクレジットではイギー・ポップが先鋭的なテクノサウンドをバックに淡々と枯れた声で詩を詠む。

 このようなOPNの作風が作品と奇妙に親和性が高いのだが、それは本作が物語の求心力を映画のサスペンスに依拠しながらもどこかそれをシニカルに描くことで、メタジャンル的な映像に仕上げたことにあるだろう。登場人物たちはリアルな危機感とスリルのなかにあるが、一方で監視カメラに間抜けに映る彼らや危機感のない一般人に巻き込まれる彼らを撮ることでその滑稽さを強調して二重底に仕立てる。それはもはやチープな逃走劇に真剣になれない我々の慣れきった眼にこそフィットする演出と言えるだろう。(横山)

フロリダ・プロジェクト真夏の魔法(2017年)
THE FLORIDA PROJECT

〈青春〉
監督:ショーン・ベイカー
出演:ウィレム・デフォー、ブリア・ヴィネイトほか

 定住する「家」を失った母親のヘイリーと6歳の娘ムーニーは、ディズニー・ワールドのすぐ側のモーテル「マジック・キャッスル」でその日暮らしの日々を送っているが、もちろんそこに魔法などない。スカイブルーやピンク、薄紫に黄緑など、カラフルな風景の広がるフロリダの安モーテルを舞台に描かれるのは、そこを「家」とする貧困層の人々の、家賃を払うことさえ精一杯な厳しい現実である。しかしそんな状況でも、彼女たちはモーテルの管理人ボビーに助けられながら「来るべき時」を先延ばしにすることができていた。

 物語は特に6歳の少女ムーニーの視点から描かれるのだが、親友ジャンシーらとの冒険に満ちた活気ある日々の様相の背後で、着々と進んでいた生活難が次第に露わになってくる。仕事をクビになり、香水の転売だけでは家賃が払えないと判断した母ヘイリーは、とうとう自らの身体を売ってしまう。児童生活相談所が母娘を引き離す。

 別れるのが辛い。ジャンシーの前に走って逃げてきて、強気のおてんば娘ムーニーは初めて大泣きする。ジャンシーは無言で彼女の手をとり、シンデレラ城の前へと駆け出すのであった。ひとときの魔法を永遠の長さにするために。(小川)

レディ・バード(2017年)
LADY BIRD

〈青春〉
監督:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ティモシー・シャラメほか

 2002年、カリフォルニア州サクラメント。カトリック系高校に通う女子高生「レディ・バード」は大学見学の帰りに進学のことで母親と口論になり、走行中の自動車から飛び降りる。こんな地元はもううんざり、文化に溢れたニューヨークで暮らしたい。才媛シアーシャ・ローナンが演じるのは、頑固で元気一杯な等身大のティーンエイジャー。

 本作にあるのは、初めて付き合った男の子、お堅い修道女の教師に仕掛けたいたずら、美少年との初体験、就職できない義理の兄とうつ病の父、家族を支える口下手な母。特別な出来事は一つもない。ありのままに実存を映す鏡として機能すること。それはトリュフォーの例に顕著なように、複製芸術として誕生して以来映画というメディアの得意技だった。女優グレタ・ガーウィグの監督デビューが華々しいものとなったのは、一つはきっと平凡な事柄を瑞々しい新鮮さで語る率直さゆえであり、もう一つは古典的なテーマが女性によって一転新鮮に語られたからだ。ガーウィグは一つ一つのショットに誰かが初めて創作に関わるときの原初的な喜びを漲らせる。これは見慣れた事物に初めての新鮮さを戻すタイムマシンだ。ありふれたことが初めて起きたときのあの甘酸っぱさを多くの「大人は判ってくれない」。(伊藤)

ディザスター・アーティスト(2017年)
THE DISASTER ARTIST

〈実録〉〈ラブロマンス〉
監督:ジェームズ・フランコ
出演:ジェームズ・フランコ、トム・フランコ、セス・ローゲンほか

 2003年にトミー・ウィソーが製作・監督・脚本・主演を手掛けた『The Room』(2003)がアメリカでひっそりと上映された。映画のスポンサーは不明だが、およそ半年間の撮影に六百万ドルもの製作費をかけたとされる『The Room』は、ウィソーの素人同然の演技・演出によって一部でカルト作として熱狂的に支持された。本作『ディザスター・アーティスト』はそのウィソーと親友グレッグの出会い、そして『The Room』製作までを実録的に再現した作品だ。

 物語は当初、演技学校で出会ったウィソーとグレッグが打ち解け、ともに夢を追ってLAへと移り住むところから始まる。ウィソーが異様に老け込んでいることを除けば夢を追う青春映画(もしくは男たちの仲睦まじいブロマンス)に見えないこともない。だが、移住先でグレッグがオーディションに合格し女性と仲睦まじく接する様子を見たウィソーは「相方」にまるで恋人をなじるかのように強く当たるようになる。ここで同作は「お尻ネタ」と共にブロマンスを超えた危うさを漂わせる。

 結末には『TheRoom』念願のプレミア上映で観客に大爆笑され、失意のウィソーが描かれるのだが、そこではたとえどれほど奇怪な映画であろうと作り上げたことへの興奮と成長もまた垣間見える。ブロマンスを経由した、ねじれたビルディングス・ロマン――同じく「A24」作品である『人生はローリング・ストーン』(2015)にも似たジャンル横断的作品である。(山下)

ヘレディタリー / 継承(2018年)
HEREDITARY

〈ホラー〉
監督:アリ・アスター
出演:トニ・コレット、アレックス・ウルフほか

 ミニチュア模型アーティスト、アニー・グラハムは夫スティーブと高校生の息子ピーター、中学生の娘チャーリーと古風な一軒家に暮らしていた。家族は高齢の祖母エレンに続いて、長女チャーリーを物語の前半で失い、映画はすぐに陰険なムードと次の恐怖への不安に包まれる。憂鬱に沈むアニーはせめてもの慰めに参加したグループセラピーで、居合わせたジョーンから降霊術を伝授される。

 物語の後半では、ジョーンが実は生前のエレンと悪魔崇拝の秘儀を通じてつながっていたこと、エレンたちが悪魔「パイモン」を召喚するためにピーターの身体を欲していることが徐々に明らかになる。ピーターはパイモンになってしまうのか。それこそクライマックスの焦点だが、答えは曖昧なまま映画は結末を迎える。本作は、ピーターが悪魔に体を乗っ取られるまでの物語だと要約することができるかもしれない。しかしそこには、問題の悪魔そのものは姿を現さない。前述した謎の信仰を持つ人々だけがおり、その人々の信じる「悪魔への予感」の中で不安に苛まれ、震え、自傷する演出だけで恐怖が成り立っている。

 そのような演出の代表がピーターのリアクションだ。私たちにとって最も恐ろしいことの一つは自分の身体がいうことをきかなくなることであり、それをピーターを通して徹底的に観客たちに疑似体験させる。身体への直接刺激というショックを通して使い古した物語を植えつけられてしまうというのが本作の本質なのだ。(伊藤)

アンダー・ザ・シルバーレイク(2018年)
UNDER THE SILVER LAKE

〈サスペンス〉
監督:デヴィッド・ロバート・ミッチェル
出演:アンドリュー・ガーフィールド、ライリー・キーオほか

 イースト・ハリウッドにある人工貯水池「シルバーレイク」近傍に住むサム(アンドリュー・ガーフィールド)は、無職の映画オタクだ。ある夜、彼は向かいに越してきたばかりの美女サラ(ライリー・キーオ)と運よく親しい関係になるが、翌朝に彼女は唐突に姿を消してしまう。彼女はどこへ消えたのか? ハリウッドを舞台にした怪しげな捜索劇が幕を開ける。

 本作にはサスペンスを駆動するだろう、あまりに多くの謎が終始漂い続ける。近所のオウムは一体何と鳴いているのか? 『シルバーレイクの下に』の作者は本当に自殺したのか?海賊姿の男の正体は?およそ大半の謎は解き明かされることなく、他のA24配給作品『ヘレディタリー/継承』同様、オカルトじみた顛末を辿ることになる。

 しかし本作が「A24」の比類なき強度を備えているとしたら、それはこのマクガフィン――サスペンスを駆動するための仕掛け――の空虚さにこそあるだろう。LAを舞台にしたサスペンス映画は枚挙に暇がないが、本作ではそれらを駆動したはずのサスペンス的記号はつねに横滑りしていき、ジャンル的想像力を逸脱した別の「何か」が立ち上がる。だから、本作に参照される映画の元ネタ探しにはほとんど何の意味もない――。劇中サムが寄りかかるハリウッド・フォーエヴァー墓地にあるヒッチコックの墓碑の下に、彼の遺体は眠ってはいないのだから。(山下)

魂のゆくえ(2017年製作)
FIRST REFORMED

〈サスペンス〉
監督:ポール・シュレイダー
出演:イーサン・ホークほか

 従軍経験を持つニューヨークの小さな教会の牧師エルンスト・トーラーは、ある日彼の勧めで戦争に赴いた息子の訃報を受け取る。息子の死について自責の念に沈む中、教会を訪れた女性メアリーの頼みで彼女の夫マイケルと面会する。極端な環境保護論者であるマイケルは、気候変動によって悲劇的な状況に陥った現代社会を憂慮し、この世界に子どもは生まれるべきではないとして、メアリーに中絶を勧めていた。マイケルは面会直後に自殺を遂げることになるのだが、一方トーラーは彼が生前に乗っていた自動車の中で手製の爆弾を発見する。それは折しも、職場の教会が設立250年の式典を迎えようとする頃。トーラーは地元の名士たちが集う式典でテロリズムの計画へと突き動かされていく。『タクシー・ドライバー』(1976)の脚本家として知られるポール・シュレイダーの最新作はヴェネツィア国際映画祭で披露されるやいなや、現地の批評家から彼の最高傑作という絶賛で迎えられた。正義感の強い男がそれゆえに犯罪に走るシンプルなテーマで、現代社会に真っ向勝負をかける作風は彼の監督作に通底するテーマ。公開の始まったアメリカ本国でも賞レースで注目される作品の一つとなり、満を持しての日本公開が待たれる(2019年4月に日本公開)。(伊藤)

『ヱクリヲ vol.10』

特集Ⅱ「A24 インディペンデント映画スタジオの最先端」

『ムーンライト』のアカデミー賞受賞にはじまり、
『レディバード』『へレディタリー/継承』など話題作を連発する
新進気鋭のインディ映画会社である「A24」を日本ではじめて本格的に紹介/分析。
2012年に設立されたばかりの同社の歴史を追う【What is A24?】、
監督など関係者の言葉を紹介する【The Voices for A24】、
作品の魅力を紹介する【A24フィルモグラフィーーポスト・ジャンル映画】、
戦後アメリカ独立映画の歩みを追う【インディペンデント映画史】他、二つの論考を掲載。

●横山タスク「A24と失われた共同体たちーー部屋と家から見る映画」
●伊藤元晴「A24と二つのゴースト」