たむたむ〜と現れたボーダーレス-なかないで、毒きのこちゃん-『キミのスキなおんがくがボクのスキなおんがく。』


 なかないで、毒きのこちゃんは劇団である。だけど劇場に留まらない劇団である。風みどり、王子スタジオ、高円寺の古着屋、阿佐ヶ谷の路上、twitter。今までに私がなかないで、毒きのこちゃんの公演を観たことのある場所である。そして今回の『キミのスキなおんがくはボクのスキなおんがく。』はShinjuku Live House Marbleというライブハウスでの公演。いや、ライブイベントである。
「ライブハウスで演劇をするなんて!」という衝撃と「なかないで、毒きのこちゃんは何をやらかすんだろう?」という期待感。それらを抱えて仕事帰りに新宿に向かった。
 
 18時スタートだけれど、到着したのは20時弱。新作の『きみはぼくの光くん。』の終わりの方である。スタッフ同士の恋愛模様。場所が場所なので、かなり説得力のある作品だった。最初からちゃんと見たかったなぁと後悔する。休憩の後、3つほどのバンドの演奏が続いた。「なかなかいいじゃん」と思えるバンドの演奏に、徐々に心もほぐれていく。心が解放されていく。ありのままになっていく。音楽と共に感情がライブハウスの中に拡散していく。そうして熱狂が会場内を充満していくのだ。なんとも楽しい一時。それを一人のオーディエンスとして楽しんでいたのである。
 
 そして、最後のアーティストのたむちんが登場。
「二の腕たむたむ〜、ふとももたむたむ〜」
可愛らしい仕草をするアイドルのたむちんに、ライブハウスの中の熱狂は急速に冷えていく。たむたむ〜という彼女は完全に浮いている。ダンスも歌も下手とは言わないけれど、説得力がない。その上、彼女は身の上を語りだすのである。
 
  母子家庭で育つ彼女は、子供の頃からイメージビデオに出演していた。最初は訳が分からなかった行為が成長するに従って分かるようになってきた。その上、イメージビデオに出ていることが学校にバレて虐められた。その結果、高級下着店で万引きをしようとするのである。しかし、その店でつんつくという男と出会うことで、アイドルを目指す事になるのだ。謝り続けるアイドル、絶対会うことのできない引きこもりアイドルなど迷走をするも、数少ないファンに支えられて、念願のライブハウスでのライブを果たす。そしてたむちんはようやく普通の女の子になる一歩を踏み出すのである。
 
 完全なるアウェイの中、たむちんを演じる田村優衣はオーディエンスに伝わるように一生懸命「演技」をする。ああ逆効果だ。ありのままであろうとする空間で「演技」を見せられたので、白々しくなってしまった。その反面「演技」なんだと安心もする。これが本当だったらもう笑えない。たむちんが憐れすぎる。それにしても観る場所、心の有り様でこうも印象が変わるもんなのだなぁと驚かされるのだ。
  たむちんのこの物語『ふつうの女の子18歳(仮)』は再演である。以前、風みどりで行われたオムニバス『そしてまたキミのユメをみる。』の一つとして上演されたものだ。風みどりで観た時は、ひたむきな女の子の苦悩がしっかりと描けていて良い物語だなぁと感動したのだ。そのように感動した物語であるのに、今回は白々しさを感じてしまったのだ。ありのままでない存在に引いてしまったのだ。だがその先に「たむちん、頑張れー」という感情もまたしっかりと存在しているのである。
 
 ああ、何てことだ。観る側もまた役割を演じているのだ。演劇を観る時は観客を、ライブを観る時はオーディエンスを演じていた訳である。作品の捉え方は観客の数だけ存在するというけれど、1人の人間の中にも複数の捉え方が存在しているのである。その多様さをまざまざと見せつけられたのである。そしてオーディエンスたる私は、ついついこう思ってしまうのである。
「たむちん、がんばれ!キミの未来が明るいものであるよう祈っている!」
観客の時は思わないことを思ってしまったことに、ただびっくりする。それは立場によってコロコロ変わる、人の一貫性のなさとも繋がるようでもある。なかなかすごい体験をしてしまったなと思わされた。
 
  それにしてもどこまでがホンモノでどこまでがニセモノなのだろう。主催の鳥皮ささみはどこまで演出していたのだろう。ホンモノの中にすっとニセモノを混ぜることで、ニセモノの中にホンモノを混ぜることで、いとも簡単に現実感も虚構感も崩していく。リアリティが失われていくのである。今回のライブでもホンモノのアーティストとホンモノを装うニセモノのアイドルが並列になることで、これはライブなのか演劇なのかを混乱させていたのだ。アタリマエがアタリマエでないと知った感覚に近いのかもしれない。それがなんとも面白いのだ。
 
 オーディエンスたる私はたむちんに、観客たる私は田村優衣に再びまみえることを楽しみにしている。そして私は「なかないで、毒きのこちゃん」という世界にまみえることを楽しみにしているのである。この感情はホンモノであると確信している。
 
『キミのスキなおんがくがボクのスキなおんがく。』
■開催日
2015年04月02日
 
■会場
Shinjuku Live House Marble
 
■出演
MARK、古宮夏希&そのさきのむこう、thescrooge、円庭鈴子、ラッキーオールドサン、ハネダアカリ、河内周、土田有未とナカイデソントン、たむちん(feat.鳥皮ささみ)
 
■作、演出
鳥皮ささみ

■タイムスケジュール
18:00-18:25 ハネダアカリ
18:25-18:50 円庭鈴子
18:50-19:15 河内周
19:15-19:40 MARK
19:40-19:50 土田有未とナカイデソントン

休憩

20:00-20:30 scrooge
20:35-21:05 ラッキーオールドサン
21:10-21:40 古宮夏希&そのさきのむこう
21:40-22:00たむちん(feat.鳥皮ささみ)