ストゥージズ・ルネサンス——ジム・ジャームッシュ『ギミー・デンジャー』レビュー


 もし「ジャームッシュ映画」というカテゴリーがあるならば、この映画は良い意味で、その裾野を広げたことになるだろう。2017年9月に日本公開を控えているこの映画は、伝説的ロックバンド・ストゥージズのドキュメンタリーである(フロントマンのイギー・ポップの伝記映画ではないことは留意すべきだ)。3rdアルバム『ロー・パワー』に収録された名曲をタイトルに冠したこの作品で興味深いのは、ストゥージズを語るにあたって、まず解散寸前のボロボロになったメンバーの証言から始まるという点だ。一般にストゥージズはこれまで、「真面目に」捉えられてこなかった。「狂人」イギー・ポップ率いる変態的バンドとして、メディアは彼らを音楽的に評価しなかったのだ。裸でガラスの上をのたうち回り、ピーナッツバターを塗りたくり客席にダイブするというスキャンダラス性のみが、今でもストゥージズを取り上げるにあたってのクリシェである。ジャームッシュは冒頭に、一文無しの状態で解散したメンバーの悲痛な告白を置くことで、ストゥージズを「無理解にさらされた不運な悲劇的ロックバンド」として位置付ける。そして監督は、この映画をストゥージズへの「頌歌」として、紋切り型のスキャンダリズムを一掃するとともに、ストゥージズの音楽的な再評価という意図を明確に伝えている。

 さて、監督はストゥージズを「過去最高のロックンロールバンド」と評価し憚らないが、どのような点においてなのか。それは「白人による白人のための」音楽を志向し「自らの音を作り出した」ということにあると、映画から読み取れるだろう。ここでイギーがブルースに憧れ、赴いたブルースの聖地シカゴでの体験を振り返るシーンが重要となる。「俺はある日、でかいマリファナを川辺で吸いながら気づいたんだ、俺は黒人じゃないってな。それで俺は俺の世代のために音楽をやろう、俺が好きな黒人ミュージシャンが黒人のためにやったようにな」と語るイギーの音楽志向が、ストゥージズの独特な音に反映されたのは明らかだ。またバンドメンバー各々が現代音楽家ハリー・パーチの影響を受け、自作の楽器やアンプの改造で全く新しい彼らの「音」を作り出した点も大きい(1stに収録されている”We Will Fall”がその成果だ)。つまりコマーシャリズムに毒されず、作中でも比較される同郷のMC5のように政治的にならず、すべてに反抗し自由に独自の音楽を生み出したこと。このアティテュードこそ、監督のストゥージズ評価を決定づけ、また彼らの音楽を永遠に新しくしている要素なのだ。

 この「ストゥージズ・ルネサンス」とも呼べる映画では、意図的に「ジャームッシュらしい」要素が排されたかのようだ。その意味でジャームッシュが、97年にニール・ヤングのドキュメンタリー映画として発表した『イヤー・オブ・ザ・ホース』とは対照的である。『イヤー・オブ~』においては、ヤングの狂おしいギターとそこから紡がれる「空」や「旅」のイメージを8mmカメラで追い、監督自身も映画に出演している。しかし『ギミー・デンジャー』では監督はあくまで「監督に徹して」いる。だからといって、ジャームッシュ的なるものが全て消されたわけではない。イギーの証言を核に、バンドの歴史を時系列に沿って丁寧に紐解いてゆくこの映画では、二つのジャームッシュ的要素が有機的に使われる。

 はじめに、「章立てによる構成」である。監督の80年代の名作と同じ方法がドキュメンタリーに導入されたのだ。例えばサイレント映画において多用された、文字のみが映し出されるインタータイトルを(『ゴースト・ドッグ』で『葉隠』の文が挿入されるのと同じ仕方で)使用し、バンドの陥った状況などが示されている。とともに、年代や語られるテーマを文字で提示し、それについてイギーやメンバーが語るという映画の説話構造が、今まで語られてこなかったバンドの歴史を詳らかにしている。

 次に「引用によるコラージュ」である。ジャームッシュは、作中で様々な音楽や詩を引用する特徴があるが、今回は『十戒』から原子爆弾まで、あらゆる「映像」を引用している。この手法により、ストゥージズを捉えた映像の少なさという、ドキュメンタリー作品を撮るにあたっての最大の困難を、彼独特の方法で切り抜けたと言っても良いだろう。イギーの語るエピソードのリアリティが、引用された映像によって増すのだ。加えてこの映画では、その二つの要素を重ね合わせもしている。つまり引用で生まれたコラージュ映像に、インタータイトル的文章がオーヴァーラップされるのだ。その手法はまさに成熟した監督のそれであり、作中で目を引くアニメーション描写とともに、ジャームッシュ映画の新たな境地を垣間見ることができる。そしてそれらは、ストゥージズが60年代の終わりにロックシーンへ持ち込んだ「新しさ」と同じように魅力的なものとなっているのだ。

 

白石・しゅーげ

 

※本稿は『ヱクリヲ6』に掲載されたものを若干の修正を経て転載されたものです。

 

『ギミー・デンジャー』

第69回カンヌ国際映画祭 ゴールデンアイ賞 ノミネート

監督:ジム・ジャームッシュ

出演:イギー・ポップ、ロン・アシュトン、スコット・アシュトン、ジェームズ・ウィリアムスン 他

2016年/アメリカ/英語/108分/アメリカンビスタ/カラー、モノクロ/5.1ch/原題: GIMME DANGER/日本語字幕:齋藤敦子

(c) 2016 Low Mind Films Inc 提供:キングレコード、ロングライド 配給:ロングライド

9月2日(土)、 新宿シネマカリテ ほか全国順次公開

LOS ANGELES – MAY 23: Iggy the Stooges (L-R Dave Alexander, Iggy Pop in front, Scott Asheton in back and Ron Asheton) pose for a portrait at Elektra Sound Recorders while making their second album ‘Fun House’ on May 23, 1970 in Los Angeles, California. (Photo by Ed Caraeff/Getty Images)

photo  (c)2016 Low Mind Films Inc