画家・橋本大輔インタビュー:『ヱクリヲ vol.9』「写真のメタモルフォーゼ」特集番外編


メディアとともに考える/制作する

――話は少し変わるんですが、写真を用いた絵画制作は古くはカメラ・ルシーダのようなメディアがあります(カメラ・オブスキュラの原理を応用した、持ち運び可能な装置)。今だと、新海誠の作品を思い起こす人も多いと思うんですが、アニメーションの作画にも写真が活用されたりするケースがあります。このことについて橋本さんはどう考えていますか。

橋本 今の小さな子供たちって「魚の絵を描こうね」って言われると、親からスマホを貸してもらって検索で出てきた写真を見ながら描いたりするんですよ。だから写真のイメージってあらゆるところで一般化していますけど、それがどういうメディアなのかっていう意識はより強く持っておく必要があると思うんですよ。

 どんなメディアにも必ず有限性はあって、それは考えるべき問題です。僕がやっているのは、「メディアを使う」でも「メディアを考える」でもなくて、「メディアとともに考える」ということなんだと思います。これは多分、アリストテレスの質料形相論(実体は質料と形相から成り立つとする)の問題とも近いことだと思います。

 形相を質料に目的論的に押し付けてモノができているのか、あるいは逆に質料によって存在のあり方は決まっていると考えるのかという問題ですね。たとえば芸術作品だと、何らかのメディアを意図通りに使用して、作品ができあがるという立場には僕は懐疑的なんです。また、素材やメディアによってすべてが規定されるという逆の極の考えも、質料形相論的思考を反転させただけのものです。デザイン的=問題解決的なアプローチももちろんあると思うんですが、僕はメディアとともに考える、メディアによって自分が変わるという事態に着目したい。

 だから、僕は反-質料形相論の立場なんです。デジタル技術によって「〇〇が可能になる」という立場ではなくて、それによって人間ないしメディアとそれを取り巻く環境がいかに変わっていくのか、ということに興味があります。

――アフォーダンスの議論とも通じるところがありそうですね。

橋本 最近はポストSR(思弁的実在論)のことを考えています。フェミニズム理論家のカレン・バラードという人がいるんですが、彼女の立場は基本的に「世界とともに考える」というものです。ようするにカント的な、主体/客体モデルの否定なんです。

 アフォーダンスとも近いんですがちょっと違うと思っていて、主体を放棄しないで中立的に考えることの必要性を感じています。アフォーダンス理論によって質料形相論を転覆しようとする試みは、結局新たな形相を設定して形而上学を試みているにすぎなくなってしまいます。唯物論だけだと「価値」は扱えないし、観念論だけでもモノやメディアの問題を考えることができない。芸術作品はやっぱりその双方の「界面」から考えないといけない。

――橋本さんにとって実作は、その問題意識を自分の行為とともに考えるプロセスなんですね。

橋本 そうですね。主体が確固とした存在で、客体を変えるというわけではなく、主体が変わりつつ客体も変わる。だから、自分が「リアルだ」と思っているものが先にあって絵を描いているわけではなくて、その「リアル」は描いた後に立ち上がってくるものです。

 写真だって今の写真と昔の写真は違って、メタモルフォーゼしているわけですよね。それは単純にメディアの変容だけではなくて、それによって人間の知覚も変容する。その最小単位というか、「ミクロ変容状態」を示すのが僕の作品でやりたいことですね。

 アーティストは基本的にみんな「ミクロ制作学」をしていると思います。小さな実験室に自分を入れて、その状態を超越論的な自我から「観察」するのではなく、あくまで主観的に自分自身の変化に向き合うという。そのことを「中」から分かりたいんです。それはすごく主観的な経験のようでいて、実は普遍的なものにも通じることだと思っています。

 またカントに戻ってきてしまうんですが、これは「判断力」についての問題でもあると思うんです。規定的判断力は悟性によって特殊を普遍のもとに含まれているものとして概念を割り当てていく、すなわち判断していくものですが、反省的判断力は美的判断に関わります。美的判断はとても主観的なものでありながら、同時に超越論的な基準として打ち立てることができるものですよね。ここにもモノと主観の「界面」があって、そこから得られる芸術的省察というものがあるのだろうと考えています。僕はそのようなささやかかもしれない絶え間ない世界の布置の変容、そこで生じるリアリズムを大事にしたいと思っています。

(了)

橋本 大輔(はしもと・だいすけ)
1992 茨城県鉾田市に生まれる
2015 東京学芸大学中等教員養成課程美術専攻卒業
2017 東京藝術大学大学院芸術学専攻美術教育分野修了 同博士後期課程入学

主な展覧会
2011 第79回独立展 入選(以後毎年、83回独立賞、84回会員推挙)国立新美術館
2015 FACE2015損保ジャパン日本興亜美術賞 入選(同2016入選) 損保ジャパン日本興亜美術館
第33回上野の森美術館大賞展 優秀賞(ニッポン放送賞)上野の森美術館
    第4回青木繁記念対象西日本美術展 西日本新聞社新人賞 石橋美術館
    第17回雪梁舎フィレンツェ賞展 フィレンツェ美術アカデミア賞 雪梁舎美術館 東京都美術館
2016  公募団体ベストセレクション美術2016 東京都美術館
第3回未来展 グランプリ 日動画廊
2017  第65回東京藝術大学卒業・修了作品展 修了作品買い上げ賞
   第52回昭和会展 優秀賞 日動画廊
   アートオリンピア2017学生部門2位 建畠哲賞 豊島区庁舎
   現代の写実―映像を超えて 東京都美術館
   2017年度三菱商事アート・ゲート・プログラム奨学生
2018 第10回前田寛治大賞展 佳作賞二席、日本橋高島屋、倉吉博物館
   上海アートフェア  AGホールディングズブース出展、SHANGHAI WORLD EXPO EXHIBITION & CONVENTION CENTER
現在 東京藝術大学美術研究科博士後期課程芸術学専攻美術教育 在学中
独立美術協会会員
茨城県在住