三宅唱インタビュー:連載「新時代の映像作家たち」


三宅唱が撮る映画ほど「やくたたず」たちが魅力的に活写される作品はない。最新作『きみの鳥はうたえる』(2018)では、「僕」と「静雄」はバイトをサボっては朝まで酒を飲み、街角のスタンド花を盗む。バイトではろくに仕事もできない高校生3人組は、札幌の雪にスタックして遅々として進まない車に悪戦苦闘する(『やくたたず』[2010])。あるいはOMSBがビートを作るそばで、BIMがレッドブルとモンスターの味の違いを話している(『THE COCKPIT』[2014])。だが、なにより注視すべきは三宅唱作品における最も特権的なシーンもまた、説話上の経済性という点ではおよそ「役に立たない」ものだということかもしれない。三宅唱作品のわすれがたいショットの多くは、およそ物語の効率的な伝達とは無縁だ。『きみの鳥はうたえる』では柄本佑、染谷将太、石橋静河の3人がコンビニに行き、ビリヤードに興じ、クラブで夜を使い果たすまでのごく日常的な時間の流れこそが、作品の本質的な価値を担う。現代日本映画に誕生した、この新たな青春映画の傑作はいかにして撮られたのか。撮影現場での試行錯誤や、転機としての『THE COCKPIT』、日常を撮ること/日常的に撮ること、あるいは来るべき新作『ワイルドツアー』(2019)について監督に聞いた。
(聞き手/構成 伊藤元晴、山下研)

©HAKODATE CINEMA IRIS

『きみの鳥はうたえる』原作について

――まず函館シネマアイリスさんから『きみの鳥はうたえる』の映画化の話があったとき、最初に原作を読まれたときの感想を教えて頂いてもいいでしょうか。

三宅唱(以下、三宅) まずは原作を読む前に、ふと気になって佐藤泰志さんのプロフィールを確認したんです。すると佐藤さんが『きみの鳥はうたえる』を発表されたのが31歳前後の頃でした。僕が映画化の話を頂いたのも同じ歳の頃だったので、少し大げさかもしれませんが運命的なつながりを感じました。それまでは佐藤さんの小説を仰ぎ見るような思いがあったんですけど「あっ、自分と同い年か」と思えたことで、少しだけラクな気持ちで読み始めました。

それで実際に読んでみると、語弊がなければいいですが、すがすがしさを感じたんです。もちろんラストに近づくにつれて、衝撃的な事件があり、青春の徒労感がずしりと体に残る小説ではあるとは思うんです。でも、事件の前には確実にさわやかで幸せな時間があった、そしてそれが失われてしまったこと、そういう「軽い時間」の重みを、後からじわじわと強烈に感じました。日常にあるさわやかな時間の幸福、そしてそれが実は取り返しのつかない、もう二度とないような時間だったんだという思いでいっぱいになり、自分の人生を思い返したりしました。

――これまで佐藤泰志作品の映画化として『海炭市叙景』(2010年、熊切和嘉監督)、『そこのみにて光輝く』(2014年、呉美保監督)、『オーバー・フェンス』(2016年、山下敦弘監督)の三作がありました。これは佐藤泰志の小説にある要素だからだと思うんですが、どこか鬱屈とした感情が描かれてきたように感じます。一方、『きみの鳥はうたえる』はそれらとは対照的に、三宅さんが言っていたようにさわやかなものになっていますよね。

三宅 たしかに佐藤さんは生きることのつらさだったり、社会の暗い側面を真摯に描く作家だと思います。『きみの鳥はうたえる』もそうです。ただ同時に、それと裏返しのように、友達と過ごす時間の楽しさ、人を好きになることの喜び、バイトさぼって映画行っちゃうみたいな、ごく日常的な喜びもこの小説にははっきりと、強く描かれている。そういう喜びは時代を超えた普遍的なものだと思うので、現代の函館に舞台を移し変えるという条件での映画化の狙いを、そこにフォーカスしていきました。

あえて言うと、もし今回が佐藤泰志さんの小説を映画化する第一作であれば、またアプローチは違ったかもしれません。過去の素晴らしい三作があるからこそ、それを踏襲するよりも、できれば佐藤泰志文学の新たな側面を切り拓くことに今回の意義を感じていました。
ただ、映画化された作品はなるべく意識しないようにしていましたし、あくまでも『きみの鳥はうたえる』という小説にただただ向き合っていくうちに、自然とこの形になったと思っています。

『きみの鳥はうたえる』はいかにして撮られたか

――『きみの鳥はうたえる』にはいくつもの傑出したシークエンスがあります。それらのシークエンス――3人でクラブで遊ぶシーンやビリヤードをするシーン、コンビニに行くシーンなど――は、脚本ではほとんどセリフが与えられていません。そこにはほぼ素のようにしか見えない柄本佑さん、染谷将太さん、石橋静河さんが映っているようにさえ感じたんですが、撮影はどのように進められたのでしょうか。

三宅 たとえばコンビニのシーンなら入店からお会計までをワンカットで撮影していて、それが何テイクかありました。コンビニはガラスだらけの空間なので、僕の体がガラスに反射してバレてしまったりとか(笑)、テイクは重なりました。彼らの動線や動きだしのタイミングなどは決まってましたね。

これを言うと自分でタネ明かしをしているようで躊躇しますが……『きみの鳥はうたえる』を観た人からは「生々しい。素に近いのでは?」ということを言って頂けるんですが、(作り手として)気持ちは二つあるんです。一つは「まんまと騙されてくれたな」という気持ちです。そう見えるくらい完全に演技をしてくれているということで。だから僕も「全部素です」と言ってそのまま騙しておきたいという気持ちと、役者たちの仕事ぶりを称えるために「あれは作られたものなんです、本人とは当然まるで違います、だって佑も将太も父親ですよ?」ということを言いたいという気持ちの二つがあるんです。

――脚本の段階にはなかったセリフはどのように固めていったのでしょうか。ショットによっては即興的とさえ見間違えてしまうようなものもあります。

三宅 それはテストを重ねながら、ですね。僕から提案することもありますし、自然と(役者から)出てきて決まるということもあります。最終的にどんどん固まっていくというか、テイクとテイクのあいだに「じゃあ、こうしようか」と言ってすり合わせていくようなシーンが多かったですね。もちろん、本番中にパッと、自然と出てきたセリフもあって、それにOKを出したり、次のテイクではナシと言ったり。

――どうしても個人的に印象に残っているのが、コンビニの会計のシーンで染谷さんが柄本さんに「後悔してるっすね」と言う脚本にはないショットです。「静雄(染谷将太)」と「僕(柄本佑)」は同年代で、それまではタメ語で話していたのに、あのショットだけ少し敬語が混じっている。それは普段の染谷さんと柄本さんの関係性が役からはみ出ているように見えたんです。

三宅 ハハハ! あそこはうっかり出てるかもしれない(笑)。でもどうなんだろう、僕たちも友達としゃべってて急にああいう言葉づかいになってしまうこともありますよね。だから、これはこれで成立していると思いました。その言葉で全てが崩れるような映画ではないというか、その瞬間に魅力が爆発しているのであれば、ちょっとぐらいよれてても、僕はOKです。映画は繊細さの積み重ねですが、どこかでタフなものに変化すると思う。

大事なのは、コンビニ特有の時間がそこにあるかどうか、ですね。僕、本当にコンビニが好きで。友達と行くのでも、1人で行くにしても好きなんですよ。日常すぎて、もはやコンビニを好きだってことすら意識しないんですけど(笑)。大げさに言うなら、たとえば友達とフジロックに行くみたいな特別なイベントの楽しさと、友達とコンビニに行ってお菓子を買って帰ることの楽しさって同じくらいかけがえのないものだと思うんです。だから、『きみの鳥はうたえる』もそういう小説だし、その「平日」の感覚を映画館でかけたいなと。映画館という場所自体が、フジロックじゃなくて、コンビニみたいな存在であってほしいし。

柄本佑、染谷将太、石橋静河

――キャスティングでは最初から柄本佑さん、染谷将太さん、石橋静河さんを希望されたと『シナリオ』のインタビューで語っています。その3人の役者が頭に浮かんだのはなぜなんでしょうか。

三宅 (柄本)佑と(染谷)将太は前から友人だったということもあって、いろんな姿を実際に目にしているからか、彼らをイメージして読むと本当にワクワクできました。石橋さんは脚本を書いた後で出会って(過去作『密使と番人』に出演)、彼女と佐知子を一緒に作りたいなとすぐに思いました。3人が揃って本当によかったと思っています。

――プライベートな質問になってしまうんですが、三宅さんは柄本佑さん、染谷将太さんと3人で遊ぶことが実際に多かったんでしょうか。

三宅 いや、3人で遊ぶということはそれまでなかったですね。佑と将太は『東京島』(2010年、篠崎誠監督)で共演していて、現場に持ち込んだDVDを交換しあっていたとは聞いています。僕は佑と将太、それぞれとプライべートで遊んでいたという感じです。

――作品の大きな魅力になっているクラブやビリヤードで遊ぶシーン、コンビニに行くシーンなどは、どれも原作にはない場面ですよね。『キネマ旬報』でのインタビューでは、三宅さんがプライベートで染谷さんとクラブとカラオケに行ったことや、柄本さんとビリヤードで遊んでいるといったお話がありました。意図的に俳優の方としている普段の遊びを作品に持ち込んだということでしょうか。

三宅 そうですね。小説には行きつけのバーなどが出てきますが、その場面に流れる豊かな時間を、場所を移し替えて捉えようと考えていました。僕はあまり酒が飲めないので居酒屋とかバーに馴染みがなくて、そんな場所を生々しく捉えられるかどうかちょっとわからなかったのもあり、自分が自信をもってOKを出せる場所に選びなおしました。とにかく、いい時間を撮ることが大事でした。

©HAKODATE CINEMA IRIS

――クラブのシーンが特に印象的でした。石橋静河さんのダンスをみずみずしく映し出されていますが、コンテンポラリー・ダンスをやられていると知っていて、あのシーンを撮ったのでしょうか。

三宅 石橋さんが踊れるということは知ってましたし、『NAGAHAA』と『八月八日』という短編で撮ったこともあります。それと、クラブとかライヴハウスで踊っている女性って本当に気持ちよさそうに踊っていて、できればいつか撮りたいと思っていました。見ているだけで本当に幸せな気持ちになれる。クラブとかで気持ちよさそうに踊っている最中の女性に近づいていく男とか、もう野暮すぎて許せないです(笑)。タイミングわきまえろ、と。

――映画で描かれるクラブのシーンは、どこかこんなクラブないだろうということがよくあったんですが、『きみの鳥はうたえる』は本当にクラブの空気感をそのまま映像化していると感じました。

三宅 嬉しいです。ロケ地であるストーンラブさんがスピーカーだとかめちゃめちゃいいハコだったのと、現場全員が本当に楽しんでくれたことが大きかったと思います。あそこは本当にいいですよね。

――柄本さんと染谷さんが過去のインタビューで、卓球やビリヤードのシーンの撮影について話していますね。「(クラブのシーンに加えて)ビリヤードと卓球のシーンもすっげぇ疲れた」「30~40分、長回しで撮っていて、あれはクタクタだった(笑)」と。

三宅       30~40分は大げさだよね(笑)。でもそうか、テストとか撮影前にも二人でしてたんで、そういう意味では30分くらいに思えておかしくない。でもカメラ回っているのは、10分もないですよ。それでも長いけれど。

――ビリヤードや卓球のシーンもクラブのシーン同様に、役者たちの自然な(ように見える)姿があります。これらのシーンは撮影はどうやって行われたんでしょうか。あと撮影の際に、三宅さんがOKを出す基準がもしあれば教えてください。

三宅       いい瞬間を見たなって思ったらカットをかける。でも、そのいい瞬間はいつやってくるかわからない。それは作り出せるものとも違うし、ある程度の時間を過ごさないと出てこないものだと思っていました。

チームでものを作るときって、一回くらい朝までちゃんとみんなで喋ることで初めて出てくるアイデアってないですか。ちょっとタガが外れたような時間を経ないと、出てこないものがあるんじゃないかなって経験的に思ってます。

(次ページに続く)